
Lingkaran2月号と出会えました。
↑再び読みたいと、恋焦がれたのは、この見開き。
巡り合わせてくれた、全てのお助けに、ありがとう。
ズーニーさんが「書かれたことば」、と思い込んでいたけれど、
正確には「語られたことば」でした。
だからかぁ、よりやさしく入ってくるのは。
よりやわらかい印象なのは。
すてきな人のすてきなことば。
ココを訪れてくださる方と分け合うために、
自分が心により一層留めるために、
この見開き分の全部のお話、そのままそっくり、ココに↓
(読んでくださって、何も言わずに浸ってくださるのも、
そのままスルー、も、すべてアリです。)
では、以下、よろしければ…ぺこっ(一礼)
***************************************************************************みんなが持っている
自分の本当の気持ちを
伝えられる力 (お話・山田ズーニー 取材と文・和田紀子)
気持ちを伝えることを教わってない私たち もっとちゃんと気持ちを伝えたい、と思っている人は多いようです。私のところにも、自分の気持ちをことばにするという入り口のところで悩む人が助けを求めに来ます。そういう私も日々、この人にどう言えばいいのかわからないと悩んだり、相手とぶつかることもしょっちゅうあります。しんどいし、自己嫌悪にもなりますよ。そもそも私たちは、学校でも生活の中でも、自分の想いをことばにして伝えることを習ってこなかったのですから、伝えることが得意でないのは当然のことかもしれません。
よく、伝えることがうまい人がいますが、そういう人は、家がお店をやっていて、小学校の時から店番をさせられているとか、何かしらの必要に迫られて、身内以外の人と意思疎通をしていかざるを得ない状況にあり、自然に伝えるというトレーニングをしてきた人なんですね。逆に訓練もせずに、スッと伝えられるという人を、私はこれまで見たことがありません。
裏を返せば、今上手に伝えられないということは、これまでそういう必要に迫られることもなく、筋肉で言うならばトレーニングされずにここまできてしまった。伝わらないというのはセンスや才能でなく、伝える筋肉を使ってこなかっただけのこと。だからこれから、自分の気持ちをことばにして伝える習慣を身につけていれば大丈夫、きっと伝えられるはずです。
本当に言いたいことを自問自答して言葉にする まずは、「自分が本当に言いたいことは何なのか?」を自問自答していきます。言葉は氷山の一角のようなもので、その根っこには想いや価値観、生き方が横たわっています。私たちはみんな、言葉にできないやわらかいもの、温かいものを持っていて、言葉はそれを相手に届ける一つの手段にほかなりません。そこに問いかけ、言葉にならない想いを汲み上げては言葉にし、汲み上げては言葉にしていく。きちんと考えれば自分の中が整理されて言葉が引き出されていくし、このトレーニングをしていなければ、言葉になることはないんです。
それを、一日一回でいいから言葉に出して伝えていくことも大切です。毎日梅干くらいの小さな言葉を産んでいる人は、そのうちアンパンくらいの言葉を産み、やがてスイカくらいの大きくて複雑な気持ちを含んだ言葉を産むことができます。けれど、梅干もアンパンも産めない人が、ある日突然スイカを産むことはできません。日々の積み重ねが、いつか大きな気持ちを伝えることへと繋がっていくんです。
また、たとえ言葉に出したとしても、相手にすぐ伝わるわけでもありません。しかし、「相手に最終的に伝えたいのは“言葉”ではなく、まだ言葉にならない“想い”なのだ」というゴールさえ、見失わずに伝える姿勢を見せてゆけば、どんなに時間がかかっても、寄り道をしても、いつか伝わるはずです。人間関係が切れる危険を冒しても、憎まれても、相手に何かを届けたいというのは、その先にもっと素晴らしいものがあるから一緒に行こうよ、という言葉にならないメッセージがあるから。そういう覚悟や志のある言葉には、どれだけ時間をかけて相手のことを想い、考えたかということが自ずと表れる。すごく思って思って、考えて考えて出た言葉というものは、どんなにシンプルでも無骨でも、相手に伝わるものです。
怒りやエゴの下にあるきれいな気持ち その練習として、家族など身近な人には、当り散らしてもいいから自分の本当の気持ちをどんどん出していってほしい。実は人間の感情は地層のようになっていて、浅い部分から順に表へ言葉になって出て行くと思うんです。
これはある女子学生の話です。彼女の彼が松葉杖をついて病院から帰ってきたんですね。その姿を見て、彼女は無性に腹が立ってしょうがなくて、怪我して弱っている彼に怒りをぶつけてしまったというんです。けれど、彼女は自分がいったい何に対して怒っているのかがいっこうにわからない。でも、怒ったこと自体は自分のエゴであることには違いないので、彼に謝りはしたものの、やはりどうにも釈然としない。そこで、自分自身に丁寧に問いを立ててゆき、考えた末に見えてきたものは、自分は彼にもっと頼ってほしい、彼にも頼りになる存在だと思ってほしいという気持ちだったと言うんです。彼女が彼にそれを伝えると、それが彼にもちゃん伝わって、ものすごく感動されたそうなんですね。
この話からもわかるように、最初にイライラして当り散らす気持ち、次に「これってエゴ?」という弱い気持ちが出てくる。そうやって気持ちの地層を一つひとつ剥いでいくと、一瞬、自分のエゴが見えて怖くなるんですが、それを越えてゆくと、一番最後にあるきれいな気持ちがようやく出てくる。もし最初の怒りを出さなければ、それが蓋になって、その下にある気持ちに気が付くことさえできません。
自分の浅い部分の感情を吐き出して、失敗しながらもあれこれ考えた人だけが、いちばん根っこにあるきれいな気持ちを言葉にして昇華できる。ぶつかって、失敗して、傷ついて。でもそれは関係が深まっているということ。だからこそ、彼女も彼とがっちりと繋がったんだと思うんです。コミュニケーションには理想郷はありません。当り散らしてもいい、失敗してもいい。これまでそういうトレーニングをしてこなかったんですから、今、それをするしかないんです。とにかく気持ちを出して考える。
結局伝える力は、私たち一人ひとりが持っているのです。毎日小さく想いを言葉にして届けることを積み重ねてゆけば、いつかきっと自分の本当の気持ちをちゃんと伝えることができます。
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