
帰ってきています。
ただいま、です。
完治まではまだかかりますが、日々のこと、ゆるゆるこなしています。
おかげさまです。
ありがとうございます。
ここまでこれたのも、みなさんのおかげ、と。
深謝。
入院前、あちこちご挨拶などして、
如何に自分がたくさんの方に支えられて暮らしているか、を
思い知ったものでしたが、
入院中、退院後、更なる実感…です。
私が幸せ者だということを、
どれだけ恵まれて毎日を過ごしているかということを、
しっかり自覚しなければいけない、そう思いました。
人にはそれぞれ「幸せの守備範囲」みたいなものがあって、
私は、私自身の「幸せの守備範囲」の中で、
もういっぱいいっぱいのことを
今回していただいているのだろうと思うのです。
だから、自慢、とか、おごり、とか、そういうことではなく、
ただただ、与えて下さったものに感謝を、そういう気持ちです。
本当に、本当に、みなさん、ありがとう!
2週間と少しの入院。
帰ってきて、我が家のトイレに入って用を足し、
いつもどおりにウォッシュレットのボタンを。
我が家と病院では、ボタンの位置が違うのだけど、
無意識に病院のボタンの位置を探す私の手。
それは、数日続き、今も意識しないと間違えてしまうこともあり、
2週間ちょっと、は、
人の長い習慣を変えるに十分な日数だということがわかりました、
トイレ事情からそんなこと(笑)
人生においてはわずかな時間のようでいて、
意外に重みをもつ時間だった入院の日々。
規則正しい生活、家族と離れて寂しかった経験、不自由さの体験、
他の入院患者さんや看護士さんとの触れ合い…。
それらを通して、今の私なりに受け取ったものはあるけど、
ここらへんの細かな要素は、忘れまいと力んで刻む、というより、
40代のはじめに「やさしくないけど、そう厳しくもない風」に吹かれたなぁ、
って、そんな程度でさらりと流したい…。
一方でさらりとは決して流すつもりがないのは、
今回の「手術、入院、治療を通しての気づき」を最も濃く彩る、
支えてもらっている有難み、感謝のきもち。
これを私の中に、いつも思い出せるような位置に置いてくことは、
易しいことではないのか、努力次第で可能なのか…どうなのでしょう。
流しそうになったら、忘れそうになったら、
ちゃんと思い出させてくれる出来事が起きるのでしょうか。
メッセージが届くのかもしれませんね。
これまた、ありがたいことですが、できるだけ忘れないように、私。
本当に、日々感謝。
みなさん、どうもありがとうございます。
いつもありがとうございます。
*photo*
数ヶ月前に買った、木のおたま、ふたつ。
おでん、煮物、豆腐…。
お鍋の中で、大皿の上で、やわらかいものをやさしくすくってくれます。
炒め物なんかにも結構使っているのですが、
年季の入った、いい色には、まだまだ、まだまだ。
おばあちゃんになるまで、ツカイマス!