
不思議だったのは、前の記事「まつこと」を書いたら、
いろいろが動き出したこと、でした。
事態がよくなることをしばらくじっと待っていて、
待つ自分、待てる自分をひいて眺めたら、
お、昔みたいに焦らなくなったな、と思った私。
そして、もう少しだけ引き続き待つぞ、って
「まつこと」の記事の最後に決意…。
ある日の朝に記事を書き上げてそう思っていたら、
まさにその日の昼にコトが動いたり、
数日後に思いがけぬ吉報が入ったり。
すごいタイミングでびっくり。
手放した途端にむこうからやってくる、
とは、よく言われるけど…。不思議だなぁ。
something great…おかげさまで、
少しだけ流れがいい方向になり、少しだけ心のゆとりができて、
(といっても、状況的にまだまだ自分を甘やかすべき時じゃない、
気をひきしめよう、と思ってますが)
待つ間に考えたこと、を振り返ることができました。
どんよりとした心で待っていた時に、思ったのはこんなこと。
始終、そのことに心とらわれてしまうのではなく、
そこから心を解き放って、
自分の目の前のこと、きちんとやりこなしたり、
清らかに、おだやかな心で
周りをいとおしんだりして過ごす方が、好ましいことなんだろうなぁ、とか。
そういう明るい方向に、自分の心の向かう先を転向させて、
エネルギーと時間をよい方向に、やさしい方に使うことは、
身近なひととか、自分とか…の狭い範囲だけじゃなく、
人類とか、世界とか、宇宙とか、全てにとっていいことなのだろう、とか。
愛とか、プラスのエネルギーを循環させる、というのかな。
と、まぁ、そんなふうに「思っただけ」で、
じゃあ今回、私がきちんと周りのひと、ものを
いとおしむことができていたかどうか、
エネルギーをやさしいことに使えていたかどうか、
自信、到底ないんですがね…。(ごめんなさいね。)
そんな思うことと実際の動きが不一致な未熟者。
そこ、私の弱点だとも思っているのですが、
ただ、「感じること」は許された、というか、できたように思うのです。
何を、かといえば…
自分が大きな世界とか宇宙とか偉大なるものに抱かれている感覚を。
全てと繋がっている存在なんだなぁ、ってことを、確かに。
その流れの中に在って、自分もエネルギーを発しているひとりなのだな、とも。
上手く言えないけど、そういう偉大な存在に包まれ、
見守られてているのだから、
案ずることなくよりよい方向に歩いていけばいいのだろうなぁ、という安心感を。
…あぁ、ありがとうございます。
精進、ですね。
次はことばだけでなく、行動を。
*photo*
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ちょうど、魔法瓶、もう1本ほしかったのでした。
冬がきて、ストーブの上のヤカンがしゅんしゅん沸いたら、
お湯、うつしとくのに。

このヒトの胸のマークはこんな。
シールじゃなく、直接プリントされてます。
へぇ。珍しい。