
知り合いの新築のお祝いに、仲間でグリーンを贈りました。
そのお返しにと、みんなに白雪ふきんがとどきました。
こういうチョイスって、いいな。まねしたい。
運転中とか、おふろとか、密室にひとり、という時に、
コトバがふっと浮かぶことがあります。
ここのところ、よく浮かんでくるのが、
「自分だけを、『特別』と思わないように」
ということば。
人の中に在った時、自分だけを特別な存在、と思わなければ、
人のことばに大きく揺れ動くことはないのかも。
自分を特別と思うから、
私って特別な人、がんばらないと!とチカラも入るのかな、とか。
「私」を特別だと思うから、
よくもこの特別な「私」サマを傷つけたわね、となるのかな、とか。
生きる中で、暮らす中で、持つべき荷物というのは、
自分の持てる分だけでいいのでしょうね。
当たり前のことみたいですが。
「持ちます、それも、特別なあたしだから持てるんですよ。
私があれもこれも持ちますよ!持ちますってば!」
と、なんでもかんでも持とうとしないで。
自分が抱えきれない分は、抱えない。持たない。
見えても見えぬふり(笑)
おごりとか、傲慢さとか、嫌悪感とか、
そういう類の感情のお荷物は、余計にそうかもしれません。持たない。
もし、持ってしまったら…手放せばいいのでしょう。
もし、しっかり荷物を握りしめる指を自分でほどけなかったら…
誰かのチカラを借りて、一本ずつほぐしていけばいいのでしょう。
他の人も、自分も、あの人も、この子も、みんな同じ。
みんなみんな、かけがえのない存在で同じ。
自分だけじゃなくて。
みんなと自分を同じ、と思うと、
自分の持てる荷物の分量がおのずとわかるような、そんな気がします。
そのうえで自分に「誇り」を持つ。
自分もみなさんと同じ、がんばって荷物を持っているひとり、
という誇りを。
…混沌とした思い、書いてみたら少しすっきりしました。
何があった、ってわけでもなく、
私の毎日の中でぼんやりと感じていたことが、
抽象的ながらことばになりたがっていた、ような気がします。
ありがたいな。
今の私に、きっと必要なメッセージのはず。