
兄が、東京は麹町にあるローザー洋菓子店のクッキーを送ってくれました。
シンプル、素朴なクッキーが、とても美味しくて、感動。
混じりけのない味、というのかな。
でもって、カンカンがすばらしくかわいくて。
ターコイズのようないい感じの水色。ふたの丸み。
包装紙のレトロっぷり。
思い出した。幼い頃の話。
京都に住む母の伯母が訪ねてくるとは、
お土産に持ってきてくれたのが、缶の箱に詰まった「そばぼうろ」。
豆菓子と棒状のあられが、赤や青のこけし柄のセロハンに包んである、
かわいいこけしのあられも、そうでしたっけ。
「京都の伯母さんがくる=そばぼうろ、こけしのあられがくる」で(笑)、
優しい伯母さんに会えることに、ワクワクして、
お土産のそばぼうろとこけしあられがくることに、ワクワクして。
今は、北の白い恋人も、南のちんすこうも、
みんなお取り寄せやなんかで手に入るこの頃。
便利さは、貴重さや珍しさやありがたさとは、反比例で。
ありがたみを深く深く感じられるのって、よかった。
昔はよかった。
「あのドラマに出ていたあの人、あの、ほら、あれね」って
やたら代名詞会話が増えたら、っていうのもそうだけど、
「あの頃はよかったねぇ」って、
やたら昔を懐かしみ始めたら、とか、言いますね、
トシくった証拠よ、オバチャンよ、って。
でも、言うのだ、敢えて。
昔はよかった。
すぐに手に入らないのって、いい。
「有り」「難い」のって、いいこと。
恥ずかしながら、
こちらのショップじゃ手に入らない洋服や小物を求めて、
夜な夜なネットショップをのぞく私だったりもしますが(てへ)、
だからと言って、全てのものを手に入れず、
代用したり、つくったり、工夫したり、妄想したり(笑)、
「手に入れない楽しみ」というやつを
しっかり味わおう、とも、思っているわけです。
そうそう。
中味をすっかりたいらげた、そぼぼうろの空いたカンカンに、
母は古い手紙だの、写真だのを入れて使っていました。
さぁ、ローザーのカンカンに何を入れる?
カンカンって、何に使うか決める楽しみもあるね。