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ご縁は自分で
思うことあって。
ご縁、について考えた。

ご縁ってのは、
そのつながる方向、その糸の伸びる先が、
「運命」といわれるもののように、
割と最初から定めしもの、抗うことができないもの、
…なんてふうに、ぼんやり感じてきていたこれまで。
でも、それだけじゃないかも。

例えば、いつまでもつながっていたい、お人と。

不思議なご縁だわー、とか言って、
見えないものに操られているような心地でいるのだけど、
ほんとのところ、自分がつながりたいから、すきだから、
自分から寄り添って、自ら縁を紡いでいる、という色が意外に濃いのかなぁ、と。
考えてみると、結構、自分から能動的にアクションをおこしているもの。
わたしが放つ、スキスキビームや、
without社交辞令なことばたちが、
ダイレクトに、時には、じんわりとお相手さんに届いて。
それでご縁がつながり続ける、という。

じゃあ、例えば逆に、なんかちがう、なんかニガテと思ってしまう、お人とは?

ニガテ、と思えば、こちらもかたまるし、笑顔もひきつる。
好んでそばには寄らない。
そしたら、お相手さんだって、そんなわたしのこと、
ニガテに思うにきまってる、そりゃ。
わたしのアクションに基づいた、お互いさまの感情。
お互いさまで離れていく。
そうやって、ご縁の糸を細くしている、ってことかー。

そうなのね、ご縁っていうと、
仏様や神様や、過去に生きていたワタシ、から授けてもらったごほうびや宿題、
それが全てみたいに思いがちだけど、
意外と、自分のキモチが動いている。つなげてきている。
意外と、自ら、薄められもする。

遠くに暮らしていたって、つながろうとするし、
つながりはじめたお人とは、少しの遠慮をしつつ、
ゆっくり、だんだんにつながっていこうとする。

それから、そういうご縁もあるのだと思うのは、
わたしから、積極的に発動、発信をしていなくても、
元気かなぁ、どうしてるかなぁと、ひそやかに思いを配ること。
そのことそのものも、一方的な思いだけれど、
わたしの中では『わたしにとってのご縁』です。


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02/25 22:52 | 「想」 | CM:0
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