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あとあじ
とてもうれしくてありがたかったこと、書きます。

ひとつ前の記事で「またいろいろあるんだぁ」ってつぶやいたら、
『いろいろ』の内容を察した友、数人、
「…大丈夫ぅ??」って連絡をくれたこと(涙)。

沁み入る、優しさ。
もらう、元気。
ありがとう、ほんとうに。

もうひとつ、省みたことも、書き留めておきます。

そうやって、友たちに打ち明けさせてもらった後のこと。
自分の中に、少しの苦味、みたいなのが残っているのを感じているわたし。
この苦さはなんだろと推し量ってみました。

多分、受け止めてくれる友たちのあったかさに気持ちが緩み過ぎて、
また、一緒に怒ってくれる友達の心遣いに、図に乗って、
渦中の、対象のお人を思いやることばが足りなかったな、って感じてんだと思った。

自分の周りで起きたコトを、誰かに話す時、
どんな角度で、どんな心持ちで話すか、結構大事ってよく思うのです。
聞いてくれる相手にとっても、話す自分にとっても、
後味が悪くないようにしたい。

心がけたいのは、質のよいおしゃべり、っていうのかな。
と言っても、きれいなことばばかり、理想論ばかり、
現実味のないことばばかり、でおしゃべりの時間を埋めたいんじゃなくて。

それは例えば、こんなふうな質の時間。

ちゃんとワタシ自身のしんどさも、素直に吐き出させてもらうのだけど、
自分だけ、を正当化せず、
自分に悩ましさをもたらしている対象にも思いを配り、
自分の気持ちをことばに表わして聞いてもらっている内に、
いろんな角度から事象を見つめ直せるようになる、そんな時間。

もうひとつ例えれば、
前半は“自分の感情寄り”に偏っててもいいから、
段々と気持ちがほぐれ、また友のことばにも気づきをもらう内に、
後半には、視野広く、反省もし、自分の心の闇に光がさしてくるのを感じるような、時間。

そんな時間であれば、
聞いてくれて、ことばをかけてくれる友にも、そしてわたし自身にも、
後味は悪くなかろ、と思うのです。

だけど今回は、ちょっと後味悪くて、友たちにもゴメンチャイ、って思い、
自分でも、やだわ、よくなかったわ、って。
「物言えば唇寒し秋の風」。

でもね、でもね、これは言える。
心配してくれた遠い友との、昼下がりの電話でのおしゃべりも、
心配してくれる近い友との、ひよこ豆入りカレーを食べながらのおしゃべりも、
いつも通り、べらぼうに楽しくて、元気の満ちる時間だったでーす!(だぶるぴーす!)

普段から、自分はコウアリタイ、って思ってること、
それが完璧にはできなくても、志、高望みしない程度に高くアリタイ。





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11/22 23:00 | 「日々」
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