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ほぼ日より
20070307140139.jpg

おかげ様でかさかさから回復、
自分らしくモノを見たり感じたりできるようになりました。
ただ、いつものニュートラルな位置を跳び越して、
少々感度がよくなりすぎてるかも。(すぐ泣くんだよね。)
…春だからかな。

春だからか、いろいろな人と集まりましょうとかってなったり、
年度の終わりだし打上げましょうってなったりして、
たくさんおしゃべりする機会があります。

…本当に人っていろいろ。いろいろな考えの人がいますね。実感。
勿論、私も、他の皆さんから見たら
「人っていろいろね」な感じなのでしょう。

少し前のほぼ日、「今日のダーリン」にこんな文章がありました。

*****************************************************************
他人と自分がちがっているようだと気付いたとき、
ことさらに「自分のほうこそ正しい」と
主張する人もいますが、
どうも、ぼくはそういうタイプではありません。
また、「ああ自分はまちがっている!」と、
自分を否定してしまう人もいますが、
ぼくは、そういう人でもありません。

「他人たち諸君」と「自分」は、共存できる。
そう考えておるのであります。

例えば、です。
一般的に「他人たち皆さん」は、
「朝食はさっぱりしたもの、軽いものを食べる」
と思っておられるようです。
しかし、実はオレは、朝食がすき焼きだろうが、
焼き肉だろうが、チャンコ鍋だろうが、とんかつだろうが、
まったくかまわないのです。

みんなが、あまりにも「朝食は軽く」ということを、
疑いの余地ない常識として語ることが多いので、
このことを、オレは何十年も黙っていました。
「ええっ?!信じられなーい」なんて、
うるさく言われたくもないし、
「信じられなーい」と言いたがる人たちと、
言いあいをするつもりもなかったからです。
ぼくも、軽い朝食につきあっていれば、問題はないのです。
で、ひとりでいる朝に、重いものが食べたかったら、
静かにそれを食べればいいというだけのことです。
どっちだって、いいのです。
どっちが正しいかまちがっているか、
決める必要もないのです。
たがいに「へーえ」と言って、おもしろがればいいのです。
だいたい、こんなことを言っているぼくは、
朝食に重いものを食べた経験など、ほとんどありません。
他人たちの「常識」に合わせていて、問題ないからです。
そんなことばっかりだという気がします。
*****************************************************************

…私も周りの人とのスタンスは、
基本的にはこんなカンジのような気がします。
私は私で、自分の考えはなくもないけれど、
人に合わせて何の問題ないので、合わせることが多い人間です。

が、その場で合わせたけれど、やっぱり違和感が残る場合や、
どうしても合わせられなくて、自分の我を通してしまった場合や、
合わせてばかりいる、八方ビジンな自分を
情けなく感じる場合もあります。

そんな時が、そんな時こそが、
家族も含めて自分以外の誰かとの関わりの中での「学び時」と思います。
学ぶというよりは、訓練といった方がいいかもしれません…。
糸井さんの言うように、
「どっちが正しいかまちがっているか、決める必要もない」という
基本に立ち返る訓練。

違和感も、我を通して迷う気持ちも、情けなく思う気持ちも、
最後にこの「真理」に行き着けば、
きれいに解消されるような気がします。
他の人も合わせる私も、お互い我を通すことも、
どちらも、どれも、正しいとか間違っているとかではない、と、
誰も裁かず、互いに気持ちよく繋がっていられる方法を見っけて
共存していけばいいんだろう、と。
いろんな感情体験を通して、いつでもいち早くここに立ち返る訓練を
積んでいる最中なのかもしれません、私の場合。


*画像*
いただいたイタリアの旅のお土産。ハンドクリーム。
舶来品のかほり。


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03/07 13:48 | 「想」 | CM:8 | TB:0
*sleepingさんへ*

>ワンコみたいにワフワフしたい気分

あ、なんかわかります~^^
ちょっといい日だったりした夜とかね、私はそんな日に。

>最近は相手の出方をじ~っと見てから対応を考えるようになりました。

トシを重ねて場数をふんだから…っていうのもあるかもしれないですが、
子育てを経験しているから…もあるのかなぁ。
子どもへの対応も、先ず待ってみたり、
手を出すのをじっと耐えたりしますもんね。

>要は、自分のコダワリの分野っていうのがあるんだね、きっと。
>そこに触れるとつい、熱くなってしまうっていうのかな。

そうかも。後で、あら、あたしってば熱くなっちゃった…って
思うことがあるけど、それを読み解くと、自分の大事にしたいものや、
自分の目指す方向、また時には「我」みたいなものが
浮かび上がってくるのかも~!

こちらこそ、更に深くハナシができたり考えられたりして
うれしいですよぉ♪
ありがとう、sleepingさん^^
megさーん♪
お話したい気分なんだけど、この時間て眠くてあまり深い思考ができないんですよね。でも、ちょっとだけワンコみたいにワフワフしたい気分です。(酔っ払いみたい・笑)

私もね、前は押し付けがましいヤツだったような気がするんですよ~。(今もかもしれないけど)
でも、最近は相手の出方をじ~っと見てから対応を考えるようになりました。

心許せる人には、ついいろいろ(余計なことも)言ってしまうことがあるかも。反省、反省です。でも、そういうのも自分の一部なんだよなぁ、とも思ったり。

けど、朝食の食べ方みたいな話題だったら、へぇ~、そんな考え方もあるんだねぇ、なんて楽しめるよ。そういうお話、大好き。

要は、自分のコダワリの分野っていうのがあるんだね、きっと。そこに触れるとつい、熱くなってしまうっていうのかな。

いつもながら、全く落ちのない文章になってしまいましたが、いろいろ考える良い機会になりました。
megさん、どうもありがとう♪
*けいちゅんさんへ*

ありがとう、けいちゅんさん。
こうやってやりとりするの、とても好きなんです。
ほんとにキャッチボールしているみたいで、うれしい^^

けいちゅんさんとやりとりしていて思ったのは、
人とのよい距離を保って「人に冷める」ということは、
「自分に冷める」ということかも、と。
助けるのは自分!自分でなくては!…とおこがましくなくなる、即ち、
「我」を張らなくなっている、ということかもしれないと思ったのです。

けいちゅんさんの「ほどよい空間」という表現どおり、それは、
決して「誰かがやるだろう、自分の知ったこっちゃない」という
スタンスではなく、自分の「分」をわきまえた上で、
事態を俯瞰で眺めてここで動くべき時がきたら動く…
そんな感じですよね^^

>前より穏やかに過ごせるようになったのは事実です。

ホント。穏やかになりますよね。
そして、自分が穏やかでいることこそが、誰かのためになることが
あるのだということも、わかってきました。
あ、けいちゅんさんにこうして話しかけていたら、
「自分を律する」、そんな言葉が浮かびました…^^
megさんの言葉を受けて
喜んだり、なるほど~と頷いたり
わたしもこの触れ合いを嬉しく思っています。

>誰かが困っていると知るや否や、闇雲に手をさしのべようとする…

分かります! わたしもそうでした。
衝動的で、おこがましい・・・
ホントにそうだったんです。
ディープな部分、megさんの言葉に大きく頷いてまたウレシ。
そこから感じたわたしのつぶやきを書かせてください^^

いまは、相手を待つことを覚えたり
(見守ることと思ってやっています)
自分の出方をじっくり検討したりして対応したり。

>「人に冷めていく」自分を感じています。

前はもうちょっと「熱いヤツ」でした。
相手と自分の距離をぴったりと寄せる、暑苦しいヤツ。
相手と自分、というその距離間に今は
ほどよい空間を保てるようになったのかもしれません。

それも相手にとってみればほどよいのか
まだ分からないことも多いのですが
前より穏やかに過ごせるようになったのは事実です。

追記しちゃってゴメンナサイ!!

*けいちゅんさんへ*

>そんな自分を冷めているのか? と思い直したり。
>他人に興味がないのか? と思ったり。

その感覚、わかります^^私はトシを重ねるにつれ、
人と自分の違いがどんどん気にならなくなってきて、
「人に冷めていく」自分を感じています。
↑いい意味でか、悪い意味でかわからないですが。
昔はよくしていたのですが、
誰かが困っていると知るや否や、闇雲に手をさしのべようとする…
そんな衝動的で、おこがましい手助けをしなくなりました。
時にそんな自分を、「ナニサマ」と思わずにいられてよしよし、
とほめてみたり、でも時にそんな自分を、コラ、冷たいんじゃないの、
と責めてみたり。
あらら、話がちょっとディープになってきましたね^^;

コメントで糸井さんの文章に応えているけいちゅんさんの言葉が
ちっとも意外なものではなく、大きくうなずけました^^
けいちゅんさんのblogを読ませてもらっていると自ずと伝わってきますが、
自分と言う軸をしっかり持っているカンジと言うのでしょうか。
なんか嬉しいな♪
そういうけいちゅんさんと触れ合っているということが、嬉しいです^^
>たがいに「へーえ」と言って、おもしろがればいいのです。

意識したことはないのですが
わたしは割かしこんな感じだと思います。
だけど、

>ことさらに「自分のほうこそ正しい」と
主張する人

に遭遇した場合は、
わたしも「いや自分の主張はこうですやん」と返してしまう
狭いところもあって、反省したりもします。
(何となく嫌な空気になっちゃったことを)

足りないところは、たくさんあって。
誰かの意見と違っていて、無理に合わせたり反発したりもしないけれど
そんな自分を冷めているのか? と思い直したり。
他人に興味がないのか? と思ったり。いろいろです。

>「他人たち諸君」と「自分」は、共存できる。

そっか、そうだよ。嬉しいな。という一文でした。
違うのに共存している世の中ってスゴイことなんだ。
嘘くさいけれど、素晴らしいってホントに思います。



*ちゅんさんへ*

おかげ様でありがとう。
うるうる気味なのは小学校卒業だからかも。
6年間の区切は、やはり大きいよね。
我が娘なりに成長したなぁって思うんですよね。

糸井さんの文章、いいよね。
チカラが抜けてて、押しが強くなく、
でもちゃんと主張のあるところがいいなぁ。
お姿が美人サンのちゅんさんだけど、
ちゅんさんも八方ビジンでイヤになる時があるの?
…同じね^^ほっとする。
皆と仲良くしたいからそうなるんだけど、ね。
ちゅんさんの冬眠がちょっと裏やましかったりもするな(笑)
かさかさ、うるうるになって良かったですね♪
ちなみに、わたしはいつもかさかさですが!(笑)
megさんのところにきて、ちょっとしっとりのおすそ分けをいただいております。

糸井さんの文章は面白いですね^^
そうですね、わたしも八方ビジン的な自分がすごくいやになるときがあります。
自分の意見がないようで情けなくなる時もあったり。。。!

でも、最近はそんな場面でさえなくなってきているかも。
冬なので冬眠中ですーーーー^^;(もう春は近いよね)
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