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ヒトハキモチ


2/11付のほぼ日の「今日のダーリン」の文章。
よいんです。
ココ↓に書き留めます。


****************************************************************
 昨日、ぼくのお墓には、
 「手ぶら歓迎。ひやかし歓迎」だと言いました。
 お墓参りには何を持って行くべきだっけ、
 というような「常識」があるんだろう、
 ということは、わかるのですが、
 そんなの考えなくていいよ、とね、
 主人公の死者がじぶんであるだけに、
 気持ちよく言えたわけです。

 「ああするべき、こうするべき」というルールのせいで、
 せっかくのこころが行き止まりになっちゃうことって、
 とてもたくさんあると思うんです。
 お墓参りにしても、お葬式やら、結婚式やらにしても、
 「社会的に恥ずかしくないふるまい」は、
 「常識」としてしだいに決まってきています。
 
 ぼくの記憶をたどってみれば、
 葬式の参列者が、
 いま「常識」とされているようなかたちで、
 みんながみんな「黒い服」で揃っていることは、
 昔はなかったように思います。
 亡くなった人を悼む気持ちが、まずあるわけで、
 どう「正しい服装」をしているか、なんてことは、
 いちばん大事なことではないのは自明です。
 
 「常識」という名のルールを盾にしながら、
 人を責めるというのは簡単なことです。
 ぼく自身にしても、どういうふうに「ルール」を守るか、
 得意なことでないだけに、よく悩んだりします。
 「ああするべき、こうするべき」を違えると、
 社会的にとても恥ずかしいことになっていますから。
 でも、それがいちばん大事なことだとは、
 考えないほうがいいと思うんですよ。
 「ルール」は、勝手に進化して、
 ますます細かく、ますます厳しくなろうとします。
 そういうの、いやだなぁと思ってるものだから、
 おれのお墓は「手ぶら歓迎。ひやかし歓迎」だよ、と。
 そういうことを言ってみたくなったんですよねー。
 ま、実に当たり前のことですけれどさ、
 「人は、気持ちだよ」と、ね。
****************************************************************


ぎゅぎゅっ。つかまれた。
特にココ。

「ああするべき、こうするべき」というルールのせいで、
 せっかくのこころが行き止まり


なるほど。こころが行き止まり、かぁ。なるほど。

もうひとつの、ぎゅぎゅっ。

 ま、実に当たり前のことですけれどさ、
 「人は、気持ちだよ」と、ね。


…ココは、あたしが最近感じていたことにつなげて、
「そうだっ、ソレだった!」と思ったのでした。

「お人やモノやコトにヤワラカに、
 だけど、自分のゆるぎないモノサシを持とうね」なんてことを、
ひとつまえで思って、書き留めましたのですが、
「そうだっ、『あたしのモノサシ』は
 イトイさん書いているところの『ヒトのキモチ』だっ!」と、思ったのでした。
常日頃、そうありたい、と、
先ずは、そうありましょう、と、思ったわけなのでした。

見ること、聞くこと、考えること。
それもアリだね、これもアリだね、って、手広くやってるうち、
自分がホントに大事にしたいことがわかんなくなって、迷子になってしまったら、
…そん時は、原点にかえりましょう、ってことですね。
「ヒトハキモチ」だという原点に。ね。


*photo*
末っ娘女子と吉祥寺デートしたのは、ある土曜の昼下がり。
歩き疲れて 横尾 でお茶を。
森田幸子さんの靴のポスター、いつか手元にこないかなぁ。



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02/15 01:57 | 「日々」
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