
もう60代の叔母が、その昔着たマタニティジャンスカ。
ブラックウォッチ柄。
譲り受けて、自分が妊婦の時にも着ました。
叔母は小柄なので、そのままだと私にはミニ丈になってしまうけど、
Gパンなんかと重ね着で着るにはちょうどよくて。
で、また着てみましょうと、身幅を詰めるために、
脇ボタンの位置をずらし替え中。
「妊婦じゃない今もピッタリサイズでぇす」じゃなくて、
とりあえずよかった(笑)
…っていうか、気をつけよう。
脇のボタンは共布のくるみボタン。お気に入り。
毎年出してきては、着ずに仕舞っていたけど、
今年は着よう、って思って。
実は、3人目の妊娠6ヶ月のある冬の朝、
急いでいて、階段数段を踏み外し、足首を骨折しまして。
その日は、これを着ていたんですがね。
ちょうど8年前12月の今頃でした。
救急車で運ばれ、病院のベッドで看護士さんに、
このジャンスカから院内着に着替えさせてもらったのでした。
大きなおなかで手術や松葉杖や車椅子や装具を経験し、
入院で子ども達に寂しい思いをさせ、
夫や母に面倒をかけてしまって。
あー、あの時はホント、ごめんなさい。ありがとう。
縁起を担ぐ、っていうのの逆の行為で、
このジャンスカを葬り去ることもできるけど、
それはなんだか違うような気がして。
だって原因は私自身にあるんです。そそっかしさや、’思い癖’。
’思い癖’というのは、こういうことで。
以前、前世をみて下さった方が、こう指摘して下さいました。
「あなたの心の中に、どこか悪い部分を持っていないと
誰かに気にして貰えないという感情があるのです。
多分意識をしていたわけではなく、
具合が悪い事で何かしらの愛を得られると
感じている事がないでしょうか。」
まさにそのとおりで、悪くないのに、悪い部分をこしらえて、
誰かに気にしてもらおうとするところが、
あったのです、小さい頃から、私。
例えば、健康なのに、健康じゃない「か弱さ」に憧れるところがあったり、さして悪くない視力なのに、眼鏡をかけてみたり。
それは、健康であるカラダに感謝していない、横柄なココロだと、
私の足が犠牲となって教えようとしてくれ、
それでもまだ尚、きちんと味わいきれていなかった私に、
その方がクリアに示して下さったのでしょうね。
貴重な体験。ありがたい。ありがとう。
このジャンスカを大事にして、自分のココロの闇を見つめていこう、
自分の中で凝り固まっている’思い癖’に、優しく語りかけ、
柔らかく、ほぐしていこう、そんな風に思います。