
ノーベル平和賞を受賞したケニアのワンガリ・マータイさんも、
それから
もったいないばあさんも、
みんな推進している「もったいない」運動。
自然を、資源を、できる限り再利用、大事にし、
私らの地球を守ろうよ!という…。
ところが、勘違いする私がいまして、全く!
なんと、自分のカラダを、ココロを、動かすことを
「もったいながっている」んですよ、私ったら。
守るのは地球。「もったいない」のは資源のむだ遣い。
自分を必要以上には守るものじゃないし、
「もったいない」のは私のエネルギーじゃない…。
と、自分に言い聞かせるべく、ここで今記事にしてみているわけでして。
なんかね、自分のチカラを出し渋っている自分にコラ!ってしたくて。
年度があらたまる春を迎えようとしている今。
4月始まりで学年が変わるという、
日本の学校教育の中に身をおいた子どもの頃から、
春はずっと大きな節目です。
自分が学校を卒業しても、年度で区切る職業に就き、
退職して子どもが産まれれば、子どもの学校はまた春に区切られ。
そう、いつもいつも春は節目なんです。
そしていつもその節目待ちの今が、少し落ち着かない感じなわけで。
春は好きな季節なのに、弱い季節でもある私。
この春も、子どもの進級、卒業。
そして、私も少しだけ10数年ぶりにちょっとだーけ
社会復帰が始まるのです。こんな私に声をかけて下さる方がいて。
週に1、2回のことなんだけど、私には少し大きな決断で。
できるのかな、私に。つとまるかな、私。…なんてって、
少しワサワサしていたのだけど。
こんなふうに、家族のこと、自分のことで、今は心もとない感じ。
節目本番がくれば、肝も座るのだろうけどね。
お医者でいえば、まだ「中待合」まで呼ばれてもいずに、
「広い待合室」でぼんやり待つような感じなんだと思う、今って。
そう差し迫ってもいないのに、
なんか気持ちも行動もちんまりしちゃっていて。
おとなしくしちゃってて、もうひとりの私が
「つまんないよ、そんなんじゃ」って言ってます。そして、
「節目本番に向けてエネルギーを貯めているつもりらしいけどさ、
おばかだな、エネルギーなんてものはあふれ出るもんだよ。
貯金できたとしても、そう大した量じゃないんだよ。
人間のエネルギーに『もったいない』は、ないと思うよ。
マータイさんももったないばあさんも、決してそうは言ってない!」
っても言ってます。
…だよね。
使おう、自分のカラダ。いいじゃない、ふるわせよう、ココロ。
節目待ちの今からの毎日、出し惜しみせずにエネルギーをつかい、
いろんなこと、吸収し、感じよう、と思います。
私にできないことは、私には、まわってこないはずだもの。
確かに大きなイベントが待つけれど、それはそれ。今の毎日は、今の毎日。
節目直前の中待合で待つ段階になれば、
直前でそれは動きづらくもなろうれど、
待合室の今は、まだまだ広くて自由に待ちやすいもの。
せっかくだから楽しもう、と思うわけです。
じっとしてないで、私の中の懸案事項にもちゃんと取り組もっと。
(写真の整理とかね…ギャー!)
あとひとつ、小さな決意。
忙しいと、いとしの右足クン酷使で、不安もあるけれど、
動いてくれることに感謝しながら、仕事をさせてもらおう。
節目の春を過ごそう。
夏も、秋も、冬もやっていこう、と思います。
*画像*
娘ふたりがホットプレートで焼いたホットケーキ。
固めのカスタードクリームをぽてっとのせたら、ゴン太くん風(笑)
バターをくるくるする(こんなの→
●)がほしくなります…。
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