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きょうもありがとう
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![]() 鏡開きでした。 「武家の風習が始まりの行事ですから、 餅を切るのに切腹を連想する刃物は使わずに木槌などで…」 とは言うけれど、思い切り包丁でザクザク(笑) なんでかといえば、いつもお鏡さんをカビさせてしまっているので、 今年はそうならないようにと、透明のエージレスパックのまま お飾りさせてもらったのです。当然、カビなし、割れなし。 そして、その固さは、トンカチで割るには少しやわすぎ、 包丁に体重をのっけて、えいっと切るに丁度よい固さだったのでした。 どれもこれも非・常識で、面目ない…(汗) 味付けは、家族の好みで、大根おろしとあずき。 おろしはびしゃびしゃの甘め。 美味しく、ありがたーく、神様のお下がりをいただきました。 今日は1月11日。今日という日についてちょっと。 今日は、学生時代の友達の誕生日。
ずぅっと会ってないけれど、彼女、幸せだといいなって。 いろんなことを抱えてていて、それを手放せないでいて尚、 更に抱えこもうとするタイプの友達でした。いつも何かに苦しんでいて。 彼女は、何かと私に自分のことを話してくれました。 私に親しみを寄せてくれているようでした。 私が父親のいない家庭で育ったことを、彼女が知った時から、 その好意が始まったと、私は勝手に思っているのだけど。 結論から言えば、私は、もがいている彼女に 何もしてあげることができませんでした。 更に悪いことには、彼女が不安定な状況の時に、前を向いて歩くようにと、励ましてしまってさえいました。 とても申し訳なかった…。ごめん。 今なら「ただ寄り添う」ことも、何よりの支えになると理解しているけど、その当時の私は、その頃ヒットのKANの「愛は勝つ」とか、 まっきーの「どんなときも」とか、そんな歌をよく聞いて、よく歌って、 ポジティブシンキングこそが、難を乗り越える一番の策…と 信じていました。相談されれば、その類いのアドバイスをしていました。 前を向きにくい彼女なのに「前向きにいこうよ」と、 声をかけていたようなものでした。 彼女はとても情の深い子でした。喜怒哀楽がはっきりしていて、 「温かさ」は熱いほどに温かく、「クールさ」は痛いほどに冷たく。 彼女と私の距離だったら、そんな誤解も生まれるはずはないだろうことで、私は、彼女に別人のように冷たくなじられることもあり、 ショックを受けたりもしました。 それぞれが噛みあわないのですから、 彼女と私がずれていくのは自然なことなワケで、 いつの間にか音信不通となりました。 でも、こうして、彼女の誕生日や、それ以外の日にも彼女をよく思います。そして、未熟な私に、彼女が気づかせてくれたことが 沢山あるなぁ、とも、思うのです。 ・自分だけが傷ついた、と思うのは違う、ということ。 いつも人と人は双方向で、故意であっても、気づいてなくても、 互いに響き合って生きているということ。 ・「立ち向かう」「前を向く」は、 決してオールマイティーな解決方法じゃないということ。 前向き、前向きと力まなくても、 一緒に後ろ向きのままたたずんでいる方法があったということ。 ・それでも、最終的に1歩踏み出すのは、自分の力だということ。 ・彼女を私が支えるんだ、と思ったのは自惚れであったこと。 力んでしまっていたこと。 ・でも、自分もちょっと辛い思いをしたからとて、 私は結局投げ出したことになること。それを言い訳せずに、 自分の中できちんと認めるのが、大事だということ。 ・こうして、彼女の誕生日や、それ以外の日にも彼女を思うけど、 どうしているかと近況を知ろうとしなくても、 彼女のココロとカラダの幸せをただ祈る…それで十分と思うこと。 願いは遠くても、時間がかかっても、必ず届くような気がすること。 …彼女との出会いに、年々感謝する自分がいます。 お誕生日おめでとう! どこかで優しい光となって輝いていますように。 私も私でがんばる。 * コメント *
*keyさんへ*
keyさんに「今もお友達と繋がっているのを感じました」って 言ってもらえると、ホントにそうかも、と 思えてくるから不思議。ありがとう!! イラストレーター大橋歩さんの発行、編集の 「Arne」18号(最新号)に、よしもとばななさんのエッセイが あるんですよ。「まもってあげる」というショートエッセイ。 患っている実のお母さんにまつわる話なのですが、 とっても感動したんです、12月初頭に読んで。 >ワタシはこの片思いの様な、一方的な感情さえもきっと相手を知らぬ間に守るパワーに変わると思います。 ↑keyさんのこの文章で、ひと月前に感動した気持ちを 思い出して、またArneをめくりました。 (この間の「葉っぱのフレディ」のように。) 少し角度は違うのですが、 人が人を守ろうとする、言霊ならぬ思い魂の尊さと強さを思いました。 …そうですね、私もどこかできっと守られて、 そしてkeyさんも守り、守られているのでしょうね^^ 「徳を積む」。好きな言葉です。豊かで深い…。 私がちゃんとお徳を積んできているか、全く自信がないですが、 それでも、好きな言葉なんです。 keyさんの膝の皿をバシバシ叩く音、聞こえた気がして、 喜ぶ私、丹田のあたりがこそばゆいです。(魂が喜ぶってこんな感じ?) ココに書いてよかった(*v.v) こんばんは。
読んでいて、もう膝の皿が割れるかと思うほどにバシバシ膝を打ちました。 そして“megさん、だから好き”って改めて思いました。 目に見える形ではないけれど、今もお友達と繋がっているのを感じました。 ワタシはこの片思いの様な、一方的な感情さえもきっと相手を知らぬ間に守るパワーに変わると思います。 きっとこうやってmegさんは徳を積んでいらっしゃるんだと思いました。 そして必ず知らないどこかで同じ様にmegさんを思い出し、祈ってる人がいらっしゃることでしょうね☆ *sleepingさんへ*
友達の話、絡みにくいだろうに、コメ、サンキュです…。 (プライバシーもあるので、少しぼやかしてあるから、 内容もわかりにくかったのでは?…本当にありがとう。) その友達は、私と触れ合うことでナニを失い、得たかは 私にはわからないけれど、私は確実に彼女から学びを得ました。 これまでも今も、周りの人から学ばせて頂いているけれど、 彼女は、私という人間に「体当たり」で いろんな気づきをくれた人なんですよね…。 sleepingさん、着々の復活、よかったぁ! そうそう、この「あま・から・あま・から…」ってね、 延々とお茶がすすむ、すすむ(笑) (私の場合)肥える、肥える(笑) 着々と復活して、なんだかもう色んなものが食べたくてしかたないわ〜。もう、このお餅の美味しそうなこと!組み合わせがにくいわね。甘いのとからいのと。どんどんいけちゃいそうです〜♪
おともだちのお話、あまずっぱい(ほろ苦い、かな?)青春の香りがしました。冷静に分析しながらも、当時の感性を持ち続けているmegさん、素敵です。久々に昔のことなど、思い出してしまいましたよ。お子さんにとっても、こういう話ができるお母さんていいなぁ。 こんな風に今でも誕生日に思い出してもらえるお友達も、幸せですよね。いつか再会できて、笑って語り合えるといいですね。 http://meg300.blog72.fc2.com/tb.php/14-e5ea10dc * トラックバック *
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