
43になったのは、8月の終わり。
生まれさせてくれて、生んでくれて、ありがとう、
父さん、母さん、神様。
共にに生きてくれて、一緒に学び合いをしてくれて、ありがとう、
だんなさん、子どもたち、まわりのみなさん。
あたたかいお便りや贈り物も、ほんとにほんとにありがとう。
深謝。
さて。
おかげさまで健やかに迎えたバースデー。
「ステキナヒト」になるために、自分の中にどんな
キャンペーンをおこうかと考えていましたら、
うまい具合に「これからの宿題」が見つかりました。
それは、「
暮らしのおへそ」をきっかけに。
いつも立ち読みばかりで、vol.8も、パラパラで済ませるつもりが、
先ずは表紙デザインにやられ、
中をのぞいたら、大好きどころの方々、今回はたくさんで、鼻血ブー。

その中でも、「宿題」につながったのは、
田口ランディさんのインタビュー記事でした。
一部を抜粋。
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(前略)
そして、ランディさんは、
ネイティブアメリカンが残したというこんな言葉を教えてくれました。
“私たちが、自分のなかにある、ふたつの対立するものを統合することが、
世界に対する貢献である”
「こういう考え方ってすごくいいなと思ったんです。
私が私の問題を解決し、私のなかでバラバラになったり、
対立しているものを統合していくこと。
そのことが、社会に対する貢献になる。
そう考えるようになったら、ものの見方がずいぶん変わりました。
世界と自分が見えないところでつながっているというリアリティをもちたいと、
すごく思うようになったんですよね。
そのためには、自分のことに注目する必要がある。
自分の問題をちゃんと解決していかないといけないんです」
私たちは、やりがいだったり、何かを成し遂げる実感を、外へと求めようとします。
けれど、自分がここにいる意味は、自分のなかで作りだすもの。
そう教えられた気がします。
(中略)
自分のなかに当たり前にあることと相反するものを、受け止める。
拒絶反応起こしながらも、それを消化し、今までもっていたものと溶け合わせてみる。
それがランディさんの言う“統合”の第一歩なのかも。
自分と異なるものを受け入れる勇気をもちたいと思わずにはいられません。
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…「私が私の問題を解決」、かぁ。
…「そのことが社会に対する貢献になる」、かぁ。
真理の中の真理、究極の真理、
これ以上の真理はないかも、と思いました。
風が吹けば桶屋が儲かる、のような、複数論法のたとえとは絶対に違う、
聞いた瞬間に、アタマというより理屈というより、
ココロで、魂で、理解ができてしまう感じ。
広義でとらえれば、と前置き必要なのか不要なのかはわからないのだけど、
以前に私が聞いた
タクシー話を、思い出しました。
ズーニーさんの負の連鎖の話も、思い出しました。
そして何よりシンクロしたのは、
自分の中の異なる思いのせめぎ合い、に触れた
2こ前の記事。
つながる。つなげる。つながり。
2こ前の記事中の私のように、
自分の中に自分でで芽生えさせた思いふたつがあって、
そのふたつが相容れずに立ち止まってしまうこと、あります。
また、意図せず、誰かのことばや思いと、自分の気持ちとが、相対してしまい、惑うこと、あります。
でも、ランディーさん記事を読んで、
「立ち止まったりしても、惑ったりしても、いいんだよ
自分で自分の問題を解決するのに、時間がかかるなら時間をかけていいよ
その時々で解決できればそれでいいよ
自分とガチで向き合うこと、大事だよ」
と言ってもらえたような気がし、更に、
「もし今、自分の中でせめぎ合っているものがあるなら、ちゃんと解決していこうよ」
と、問題を解決しないまま留まっている私に、宿題をくれた気がしたのでした。
あとね、同時に「お守り」ももらったよ。
ことばのお守り。
「私が私の問題を解決する。そのことが社会に対する貢献になる。」
道に迷ったら、唱えよう、このことば。
しばらくは、このことばを抱きしめて、前に進もう。