
シャワーで済ませてばかりだった、ここのところ。
たまにはお湯をはって、お風呂につかろう、って。
本を持ち込んで、しっかりゆったりあったまろうって。
昨夜のこと。
Amazonの中古本だってんで、心おきなく持ち込んで読んだのは、
「チエちゃんと私」、よしもとばなな著、の読みかけ。
残っていた5分の4、
汗をぽったりぽたりとかきながら、読み切りました。
読後の後味、ものすごくいいんだよなぁ。
すっきり。
お風呂から出て、ベッドの上でもう一度ページを繰る…。
あちこちで酔いしれた文章に、サイドライン、エンピツでしゃーっ。
「ばななさん、やっぱ、天才やし」
「ここんとこの表現、あたしに使えるもんならいつか使わせてほしいよなぁ」
って、そんな箇所に、
何せ古本なので心おきなく、しゃっ、しゃーっ、って。
お風呂あがりにストレートでごくごく飲んだ梅酒も手伝ってか、
いい気持ちで眠りにおちました。
一日経って、だからかなぁ、と思いついた、この本の後味のよさの理由。
主人公である「私」が、
誰かを、何かを、悪く言わないし、思おうとしていないこと、
なんじゃないかなぁ、って。
誰かを憎たらしく思わないでおこう、とか、
妬んだりしないでおこう、とか、
美しい行動を心がけるんだわっ、とか、
力んでそうしているわけでもないのに、
でも、ちゃんとそう、なのが、いい。
だからといって、
何も感じずに感情にふたをしているとか、
考えることをしようとしていないとかではなくて、
ちゃんと目の前のことを分析し、考える、
そしてちゃんと他や自分を受け容れていく、その姿勢のよさがよくて。
もっと言うと、
この「私」である主人公や、ストーリー全体のカラーの、
善とか悪とか、正とか誤とか、
そういう、裁き、みたいなものに関してのアンテナが、
かなり低いところにあるんじゃないかなぁ、って。
アンテナ、たってないわけじゃないけど、べらぼうに低い。
こんな感じのあれこれが、
後味すっきり感につながった感じ、します。
…話、それます。
自分の中に揺るぎなくある、人生の「モットー」。
「モットー」を親分としたら、その子分格に、
「○○してみようキャンペーン」みたいなんを置くことがある…、私の場合。
「モットー」のほうは、
生まれた時から、物心ついた頃から、で、自分の中で不変なもの。
「キャンペーン」のほうは、思いつき度が強く、可変。
ある経験や思いを味わったことで、ある日突然「○○していこう」と決められて、
それなりに、○○できてきたら、自然消滅しちゃったり、
○○するより、△△するほうが自分らしいかな、と思えてきたら、
「やっぱ△△していこう」と方向転換されたり。
たまに、お正月や誕生日や記念日、みたいな時間的な節目でも、
キャンペーンが置かれることもあるのだけど、
こっちのキャンペーンは大抵三日坊主。長く続かないなぁ(笑)
ただ、モットーも、キャンペーンも、
意識的に、がっつりそのポイントめざしてます、というより、
そっち方面にむかってるよー、むかうよー、な無意識さ。
毛筆で志をしたためて机の前に貼って…みたいに、
強い気持ちのもとに決めたことじゃなく(笑)、
どうも、自分のベクトルはそっちだなぁ、という感じの、
結構アバウトで、ライトで、無意識レベルの高い、モットーとキャンペーン。
心がけていることって、そうやって、普段は無意識の部分が多いけど、
でも、今回みたいに、ある本との出会いとか、
またある時は、テレビや雑誌や誰かの話とかね、
そういうものによって、突然、ことばや文章になって、意識化された時、
「そうそう、それそれっ♪」って嬉しくなる。
何が言いたいかといえば、つまりは、
このたび、私のモットーが、
主人公「私」の姿に意識化され、呼び起された、のが嬉しかったってわけで。
そのモットーっていうのが…(本当に恥ずかしいので、ぽそりと)
「誰かを、何かを、悪く言わない、思わないで、受け容れて」。
私は、そうして生きていきたいんだよねぇ。
でもね、数年前に、
モットーを完遂したいと思いながらも、
今の自分じゃあ、どこか、何かが足りない、って、
私の中に不足している部分に気づき始めたことがありまして。
その頃に、正直な人と関わったこと、
というのが、きっかけのひとつかもしれないです。
例えば、あまりに正直すぎる感情で私にぶつかってきてくれる人に、
たまに「ちくしょー」と思うことがある。
けど、何せモットーは、「悪く言わない、思わない」なので、
「ちくしょー」は封印して、するり、通り抜ける。
うまくスルーできる時もあるけど、
「ちくしょー」がどうしても消化できなかったり、
本気でぶつかってきてくれた相手に「慇懃無礼では?」という思いが残ったりする。
私には「正直」が足りないんだ、と、思ったその頃…。
だったら、補ってみようか、と、「正直」キャンペーン開始。
自分の中のずっこいところも、意地悪なところも、毒の部分も、
計算高くならずに、必要なら、できるなら、表現してみよう、
って、思うこと、ここ1、2年。
もうしばらくは、continue。
私のちょうどよい「正直」に着地できて、次にいけますように。
本当の自分の気持ちで、お人に、モノに、事柄に対峙して、
その上で、自分のモットーを純粋に守っていけますように。
なんの淀みも濁りもなく、自分のモットーに沿って生きていけますように。
本のことに話を戻すと、
この本の何よりの「もうけ」は、
私自身が「正直」をキャンペーンで強化しながら向かおうとしている、その先のステージで、
ちゃあんと地に足をつけて生きている主人公の姿を見せてもらえたこと。
主人公「私」ことカオリが、決してさらりとではなく、あれこれ惑い、思いながら、
それでも「悪く言わない、思わない」で、暮らす様を見せてくれたことが、
希望や肯定を、私に与えてくれたのでした。
もう思わず、「カ、カオリさんっ!で、弟子にしてくださいっ!!」って、
いつもの「弟子入り癖」が出そうになったもんね(笑)
今の時点で、こんな状況の私が、
カオリの生き様に触れられた、ということは、
神さま、仏さまからの
「はよ、上のステージにあがってきなさいやー」というエールかも?
…なんてね。全くお気楽なやっちゃ(笑)
とにかくは、毎日を、正直に、やさしく、だな。
朝顔咲く、原マスミさんの画も今の季節にぴったり。
本棚には、表紙をこちらにむけて置いちゃう。
出会える人、モノ、コトは、いつも、いつだって、タイムリー。
また、いい本に出会えました。
ありがとうです。