
暑くて暑くてしょうがない時季って、
ひところ流行った脳内メーカーで言えば、
「暑」の字が脳の8割がたを占めているような状態だけれど、
ひと雨ごと、というのか、だんだんに涼しくなってくると、
その「暑」が、「思」とか「考」にすりかわってくるように思います。
だからかぁ、物思いにふける、の定番の季節って、秋なのは。
なぁんてね、納得したりして。
秋に物思ふ、のは、うつろひを感じる季節だから、
「あはれ」を感じやすい季節だから、とだけ、思っていたけど、
(ステレオタイプな発想で、はらはら落つる葉を眺めては、
「はぁ〜」とため息をつく、あのおセンチな乙女の図、のように)
秋になると涼しくなって思考が活発化するから、
という、人間の体の快、不快、とか、そういった角度からも、
「秋」=「物思い」になるのかも。
意外と理に適ったことなのかも。
どんだけ自分に興味あんねん、って少々自嘲しつつも、
自分のこと、またぼちぼちと見つめている、そんなこんなの最近で、
つい昨日から今日にかけて、思っていたのは、こんなこと。
実は、昨日の日中、人の集まりの中にいたら、
ちょっとした誰かの仕草から、
あたしってここにいる人たちに、こう思われてんのかな、
あぁ思われてんのかな、と、スパイラル状態におちいり、
ひとりで逃げ出したいような、息苦しいような気持ちになっていました。
…あらら、始まっちゃったよ、疑心暗鬼グセ。
自分に、「オマエって、いいヤツやなぁ!」と、肩を組みたくなる日もあれば、
「そんなチンケな人間やったんか!」と、そっぽ向きたくなる日もあるけど、
その日の夜、ひとりよがりに人の目を気にしていた自分を振り返って、
もう、どう思われてたっていいでしょが、アンタなんて知らん!って、
ご飯つくりながら、自分にプンプンと怒っていました。
疑心暗鬼な自分も、そんな自分にプンプン怒っている自分も、
どっちの自分に対しても、
いいトシこいて、なんだかなぁ、っては、思うのだけど。
ニコニコと肩を組みたくなるような、「いいヤツ」の自分。
フン!もう知らんよ、と、そっぽ向きたくなるような、「チンケ」な自分。
どっちが好きかといえば、勿論「いいヤツ」の方。
だってさ、自分の中のチンケを見っけて、
そういう自分と向き合ったり、認めたり、
叱ったり、なだめたりする作業は、しんどいもの…。
じゃあさ、自分の中が「いいヤツ」一色だったらいいの?
…そうだね。違うね。
「チンケ」な自分が、私の中にいなかったら、断然さびしいよ。
不思議なんだけど、
「チンケ」さにアイソつかしたくなって、いっとき、そっぽ向いていても、
やっぱり放っておけなくて、仕舞いには向き合っちゃう。
自分の中の「やらしい」「ずるい」「ちっさい」ところ。
煩悩のあれこれ。
しんどいけど見つめてみて、心の奥のホンネ、きいてやって、
「あぁ、そうだったのね、そんな気持ちだったね」と共感してやっているうちに、
不思議と、そのチンケもいとおしく思えてきて、
よしよし、ずっと仲良くつきあっていこうな、って思える気がします。
そして、こんなふうに
「チンケにそっぽ→歩み寄って理解→やっぱり仲良し」を重ねていくと、
わずかだけど、チャリン!と心の中に貯金がたまっていくような感覚が。
たまっていくものは…
許し、といえばいいのかなぁ。
自分の愚かさを許し、
周りの人の間違いを理解して、許すための、想像力、みたいな。
ふところのひろさ、みたいな。
そういう経験値があがっていく感覚があります、ごくごくわずかに。
…あれ?
最後は「許し」とか「想像力」とか、なんだかおっきく出ちゃってるし、
結局は、チンケなところがないと寂しい、とか言っちゃって、
いいぞ、自分のチンケー!みたいになっちゃいました。
言い訳になっちゃいました(苦笑)
チンケの言い訳?
おっ、韻ふんでる!
(って言ってる場合じゃなくね?)
私って、自分に甘いよねぇ、とつくづく思うのです…(汗)
(こうやって、自分の食欲をも甘やかしそうな予感の秋で、ヤバイです。)
*photo*
5月末に訪れた恵文社の「カナカナのかわいいロシアに出会う旅」の展示販売で、
チェブラーシカのおもちゃを。
キャラクターものにはあまりはまること、ないんだけれど、
チェブラーシカは好きです。
↓が、その展示スペースで、床の上にちょこん、まんなかあたり。