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負け
わたし。
わたしは、大学2年の時に夫とオセロをやって、
僅差だけど負けて、悔しくて泣いたオンナです。
どんだけ勝気。スミマセン。

わたし。
わたしは、初めてスキーに行った大学1年の冬、ゲレンデですっころび、
夫が、倒れたわたしにやさしく手を貸そうとしてくれたというのに、
それじゃあいつまでも上達しないから、と、
起き上がる練習だって必要なんだから、と、
その優しい手をノーサンキューしたことのある、やなオンナです。
カンジわるっ。スミマセンっしたー!

いずれにしても、夫、困ったと思う。ほんとゴメン。

表にあまり出さないけど、かなりの負けず嫌い。
でも、今はもう「負けもワルクナイ」って思っています。
年々、そう思っています。


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03/30 14:58 | 「想」 | CM:0
作戦会議


keepsで、夫とおひるを食べながら、
「この春から」のハナシに花を咲かせたのは、春彼岸の日のこと。

姿勢くずし気味に腰かけ、自分ちみたいにくつろぐわたしら。
「うちも『平日カフェ』みたいなん、やってみたらどうやろか」みたいなハナシにもなる。
あーでもないこーでもないと、ただの妄想。妄想はタダ。


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03/28 08:14 | 「日々」 | CM:0
かみ合わなかったお詫び
わたしがずっと、お詫びしなきゃ、しなきゃ、と気になっている目上の方がいました。
あることで散々お世話になっておきながら、
最後には不義理なことになってすみません、という思いがあったのでした。
気に留めながら少し時間が経ってしまい、でも、
申し訳ないという気持ちを一度はお伝えしたいといつも思っていました。

その方を見かけたので、走って追いかけて、ご挨拶しました。

先方は、わたしのことを見て「誰だっけ?」な表情をされました。
わたしが名乗ってはじめて、あぁ!と思い出した様子で、
そこから、わたしの並べた近況や言い訳やお詫びのことばを、
にこにこと、ただうなずいて聞いて下さいました。
そして最後に「がんばってくださいね」と笑顔でおっしゃって、
あっさり話は終わりになりました。

あっさりだからと言って、
クールだったとか、慇懃無礼感があったとか、嫌悪感の逆の表現ではとか、
そういう感じでは決してないです。
が、かみ合わないような、相容れないような、
そんな違和感が残った、お詫びの時間でした。

なんでだろ、違和感。
考えました。
(イメージは、目をつぶってとんち勝負する一休さんだよ。ポクポクポクポク…。)

…チーン!
その方は、はじめからわたし(など)には、義理のお返しを望んでなかったかもな、
器の大きい方だったってことかな、などと、先ず思いました。

そして、もっとピタッとくる答えを見つけました。
かみ合わなかった原因は、確かにわたしの側にありました。

どうしてもお詫びしたかった、そのわたしの気持ちの裏っかわに、
お相手から不義理と思われやしないか、とか、
「良く思われたい」「ちゃんとしていると思われたい」という計算があったのでは、と。

自己満足のための「お詫び」の色が強かったから、
違和感のある、一方的な「お詫び」になってしまったのでは、と。

お相手を中心に置いて
「お相手の格」とか「要求されているコト」について考える
視野の広さを持つことが大事だったのでは、と。

今更、少しはずかしくなってきた。

どう思われたいか、が基準になると、
優しさは、本当の優しさではなくなり、
お詫びは、心からのお詫びではなくなってしまうよね。

もう少し、しばられずに。
もう少し、のびやかな目線を。
気をつけなはれや。


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03/27 17:23 | 「想」 | CM:4
二女の卒業
sotugyousiki.jpg

『学業と家庭がイチバン、バドミントンはその次』と思ってはいても、
なんとなく、何かとバドの練習や試合を優先気味にして(させて?)しまった
二女の高学年期の生活。
夫もわたしも、他の子どもとバランスとりつつ、
二女のバドに、たくさんのものを費やしてきました。

だから、なのか、
それとも、小学校卒業保護者は3度目だから、なのか、
学校の卒業式が迫っても、わたし自身、さほどの緊張感なく、感動薄く、
とうとう卒業の朝を迎えてしまいました。やべっ!

でもなかなかどうして、式が始まれば、
成長した他のお子さんを見てはうるっとし、
門出のことばが始まれば、結局やはり、うち震えながら涙。
特に、歌はイカンね、歌はイカン。きますよ、きちゃいますよ。

転校生を温かぁく迎えてくれた、S小とそのみなさまに。
娘の成長を共に願って関わってくださったみなみなさまに。
そしてがんばってきた娘に。

心をこめて、ありがとうを。感謝。深謝。多謝。


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03/23 23:30 | 「子」 | CM:2
二女のハリガミ
二女が小2の時から取り組んでいるバドミントン。
東京に越して3年、クラブが変わってからの、
日常生活におけるバド濃度の濃ゆさといったら、
それはもう、それはそれはもう…。
のらりくらり子育てかーさんのわたしに、
ステージママ気質があったとは、自分でもオドロキ。

バド未経験者のわたしが、娘送迎の車の中で、
誰も聞いていないと思って、娘に繰り広げた技術論。

そして、熱く語った精神論。

お得意の理屈臭さで、たくさん語った中で、娘に響くことばがあった模様。
娘は、わたしの話から、ヒットしたことばを紙に書き出しては、貼る、という作業を。
そして二女の部屋は、少しずつハリガミで埋まっていきました。

jijo heya


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03/21 20:24 | 「子」 | CM:0
ムライ先生のこと
blog の profile画像の「meg3才」は、
小さなわたしがにこにこ笑っていて、「わたしの好きなわたし」の1枚。

この写真を手にすることができたのは、
小学校の時の国語の授業の「だれかに手紙をかきましょう」の単元で、
手紙を宛てる先を、保育園の担任だったムライ先生を選んだことがきっかけ。
お返事いただいたお手紙と一緒に、同封されていた写真数枚のうちの1枚が
この写真だったのでした。

すぐにお返事を返してくださったことも、
お手紙の中で、保育園の時にわたしが得意だったことに触れて、ほめてくださっていたことも、
すごく嬉しかったことでした。
そして更には、先生が手紙に同封するために、
手元の写真の中からわたしを探して、見つけてくれのだ、という、
その作業とかお手間とか、そういうことを想像し、
そこにムライ先生のあたたかな情を感じて、
ますます思い出深い、意味のある、大好きな1枚になりました。

話は少しそれてしまうけど、
それ以前にも、小学生のわたしは、
橋のたもとでムライ先生にばったり会ったことがありました。
その時、お転婆のわたしの赤い22インチ自転車は、
どこかにぶつけて、ハンドルがあさっての方向を向いていました。
自分のチカラでは直せず、誰か周りの大人にに頼むこともせず、
あきらめてそのまま器用に乗り回していた夕暮れ時に
ムライ先生に会ったのでした。

「あ、めぐみちゃん、ハンドル曲がってるじゃない」と、
ムライ先生はスクーターから降り、ヘルメットをはずして、
前輪を股にはさむと、ギュギュギュッハンドルをねじり回して
正しい位置に直してくださいました。
わたしのためにしてくださった…。
わたしのために…。

うれしかったな、あの時も。
手紙に同封された、わたしが笑っている写真を見た瞬間と同じようにうれしかったです。
わたしのために、ということが本当にうれしかった。

ハンドルと写真。
このふたつのことがあって、
先生になろうって、決めた気がしています。
ムライ先生のような先生。

その人の人生のはじめの頃に寄り添って、
いつまでもそっとその人のことを見守っていて、
その人のためにいつでも愛情を注ぐことができる、そんな先生。


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03/17 22:29 | 「想」 | CM:2
white day

white day


white day4


white day5


white day2


white day3


今年は何年ぶりかに一緒に時間を過ごすことができ、
盆と正月いっぺんday、な white day でした。
うれしかった。ありがとう。


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03/16 08:16 | 「日々」 | CM:0
てがみ
DSC00138.jpg

小学校を卒業間近の娘に、手紙をかきました。
先生企画で、こそっと保護者に依頼し、
保護者もこそっと先生に渡し、
(進学関係書類、などと書かれた茶封筒に入れて子どもに持たせて)
そして卒業式の日に、じゃじゃーん、と先生が子どもに渡す、というものです。

3番目の末っ子なので、3度目の経験。

毎回泣きながら、かーさん、ひとり盛り上がって書きあげます。
きっと、読むほうはそうでもないんやろなぁ。
わかっていても更に盛り上がりってしまい、マスキングテープで、封筒、派手派手。


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03/15 17:34 | 「子」 | CM:0
カメラ
camera2.jpg

愛用しているコンデジ、
スィッチonした時に開くまぶたみたいな部分の調子が悪くなったのと、
デジタルイチガン、というのをいよいよ試してみたくなり、
新顔カメラ、我が家に参上。

わたしの小さい時は、
父親がいなかったこともあるし、
時代も時代で今ほど便利カメラがなかったのもあるし、
わたしは第2子だし、
…でなのか、写真が少ないです。

もともと少ない上に、わたしが笑っている写真は、更に少なくてね。ザンネン。

なんで、笑っている写真が少ないのかなぁ、と考える。
わたしが笑わない子どもだったからではなさそうだけど、
わたしの子ども時代と並行して、母親の人生もツライ時期だっただろうから、
もしかしたら、家庭に笑いは少なめだったかもしれないなぁ。

あとは、世代というのか、
プリクラ世代の娘たちのように“カメラ向けられ慣れ”しておらず、
緊張や照れで表情が硬かった、なんてこともあって、
「屈託なく」笑い、「無邪気」に笑う写真が少ないのかなぁ。

そんな中で、ココのblogのprofile写真の「meg3才」は、
にこにこ「無邪気」に笑っていて、わたしの好きなわたし、の1枚です。

そして、宮古島での「楽しいから楽しい顔」の写真も、
「屈託のない」「正直な」顔して笑っていて、
わたしの好きなわたし、の1枚になりました。


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03/13 18:53 | 「住」 | CM:0
きょうの防寒
DSC07176.jpg

春は近そうで、でもまだ寒い。
でも、歩けばきっとぽかぽかとあったかくなるから、
コートをやめてストールで。


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03/13 06:05 | 「衣」 | CM:0
宮古旅2
海シリーズ。

1日目は快晴、ホテルからの海。
左はじっこには来間島(くりまじま)。
夫は仕事、わたしひとりじめの景色、ごめんねー。





夕陽がきれいな頃になっても、
夫はまだ仕事。わたしばっかりわるいね。画像で撮っておくからね。

miyako2.jpg



2日目、今日は夫、オフ。
あいにくの曇りの海、てくてくと散歩。

miyako1.jpg


はずかしげもなく、自分露出。許してね。
細い目が更に細いし、顔まんまるいし、
意味なく傾いちゃっているのだけど、
それでもね、なんかね、楽しそうでいいな、わたし、って思ったのです。
楽しい時にちゃんと楽しめていたじゃん、よかったな、って。

最近のひとりキャンペーンのテーマは、オープンマインド。


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03/12 19:42 | 「日々」 | CM:0
宮古旅
夫の出張が宮古島であり、
ここぞとばかりに同行したのは3月のはじめ。

3.11の日が近づくにつれ、
なんとなく心がザワザワしていて。
宮古は2泊だけの短いステイだったけど、
そこには、このわたしのザワつきを、ニュートラルめに引き戻してくれる、
ほどよい島時間と、非日常がありました。


「飛行機から、宮古を見下ろす」

miyako3.jpg



「飛行機を、宮古から見上げる」




飛行機の中から見下ろした宮古の島、
収穫前のさとうきび畑の「緑」と、
さとうきびを刈り取った後の土の色の「茶」が、
いい具合にパッチワーク。きれい。好み。

飛行機のおなかも、なんとなくかわいい。
スキあり!ってこそばしたくなる。


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03/11 23:58 | 「日々」 | CM:0
指揮
DSC07203.jpg

二女、小学校最後の合奏、指揮者役を。

夫もわたしも、長女も長男も、未経験の役どころだったので、
(本人には言わないけど)若干の心配と、
こそばゆいウレシサとが入り混じる。

特に光る指揮ってわけでもないのですが(ごめん)、よくやった。
拍手を送ります。パチパチ!

でも、スタンディングオーベーションで大喝采を送りたいのは、
兄弟も自分も未経験のことを、いっちょやってみっか、と手を挙げた、
その、チャレンジャーなキモチだよ、そのキモチ。
その、踏み出した勇気だよ、その勇気。
ブラボー!

見習おう、わたしも。





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