スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--/-- --:-- | スポンサー広告
アリガトウ2010
DSC06642.jpg

残念ながら、完璧ではない大掃除。
でも、トイレは、終わらせました、中1息子が。

その後、用足しに入りまして、オドロク。
ペーパー、きっちり、サンカク折り。
さすが、あたしに似ている息子、
やらない時はのぉびのびにのびきって、とことんやらんが、
やる時ゃとことん職人になりきる。
よろしい、息子よ、合格です。

ありがとう、2010年。
よろしく、2011年。

家族で紅白をみている合間に、
平和な気持ちで今年最後の感謝の思いをここに綴れる幸せは、
近くの、遠くの、たくさんのみなさまにお世話になりましたおかげさま。
ありがとうございます、ありがとうございます。

近くの、遠くのみなさま。家族。
そしてあたし。
みんなでよい1年にし合いましょう、2011年も。
どうぞ、どうか、よろしくおねがいします。


関連記事
スポンサーサイト
12/31 23:27 | 「日々」
きょうのくびもと


chiclin 麻の丸襟ブラウス。
黒のカーデは、何年も前のユニクロ。
ストールは、marble sud ってとこの。
ブローチは、古道具屋さんから。

年齢は、首に出ちゃう、って。こわいわ。
ですので、なるたけバレぬよう、↑撮る時に「んーっ!」ってしています。


関連記事
12/17 07:54 | 「衣」
KOHORO


どこかでいつだか見て、でもその時は手に入らなくて、
いつかご縁があるでしょう、と待っていたこぎん刺し、あけびの針山。

ずっと手元におきたいと切望していたものを、
ずっと行きたいと切望していた KOHORO で見つけた瞬間、
ハイ、買いっ!と即座に手に取り、
ウレシサで強くにぎりしめるあまり、危うくあけびをボキボキにぎりこわしそうでした。

早速、繕いもの。
早速、はたらいてもらっています。

青のニットのストールにムシクイ穴を発見しまして、
あらやだっ!ショックぅ…ってなりましたが、
新しい針山の横でチクチクとやっていたら、
針山のウレシサが手伝って、ショックは薄れました。
そんなもんです。

KOHOROに訪れたのは、冬晴れのあたたかい日、
広い間口、ウェルカムな感じに開け放してあるからか、
店内では、古いストーブがぼぉっと燃えていました。


DSC06538a.jpg

LISETTEの並びに、KOHOROはあります。
LISETTEとおんなじ、こっちのがしっくりくるような気がして、モノクロに。


関連記事
12/11 00:49 | 「住」
LISETTE


イイカンジにね、錆びています、アイアンの看板。
(「金」に「青」と書く、「錆」という漢字の趣き…。萌える。
 「魚」に「青」だと「鯖」か。これは萌えん。)

二子玉川のLISETTEに行きました。大友Mと。
あのね、オンラインショップも洗練されていて、
行きたさをかなり駆り立ててくれる素敵さでしたが、
お店は、それ以上の空気をまとって、本当に幸せな気分になれます。
なんだろな、お針子さんに仕立ててもらう洋服屋さん、な感じ。

画像でも、洋服のかわいさは伝わってくるんだけど、実物、もっといいです。
実際に見て、実際に触れてみてわかる、生地の質のよさが
なんといってもあります。

お店で迷い、
帰ってからオンラインショップ見てまた迷い、
試着してくればよかったなー、と思ったものは…


LIS101019500t.jpg
ジュール のコバルトカラー
チビ丸襟、ポケット位置、コートワンピ、青の色目。


LIS101130400.jpg
ベティ・ヴルール のベトロル(ブルー)カラー
シンプル、素材の贅沢、背中の主張。


LIS101122900.jpg
ハットアップ・バッグ はブルーもレッドもgood
コロン、発色、ウォーミー。


DSC06537a.jpg

モノクロにしてみる。
錆び感は表れないけれど、コッチがしっくり。

このお店のある一角は、
ゆったりとした時間の流れがあって、古くさくはないけど、
ムカシくさい印象だったの、いい意味で。
だからモノクロのほうが、イメージだな。

オシャレ感たっぷりなんだけど、
ある意味、まるで温泉街のお土産屋さんストリートのように、
ワクワクが固まっているバショでした。


関連記事
12/10 08:07 | 「衣」
おひるのおかず


あたしのお昼ごはんのおかず。
今日はこれだけぇ。

お弁当のおかずの残り。
鶏肉ゆずこしょう焼き、豆皿にふた切れ。
お弁当用に、少し濃いめの味つけなので、これでごはん1膳、十分いけますがな。
白ごはん、残ったとしても、買い置きのセブンプレミアムの韓国海苔などあれば十分。
たくまポタリーさんの豆皿は hanehane で。

お天気がいいので、チャリでひょいっ、スーパーに買い物に行きましたら、
短い道すがらなのに、ハッピーを幾つも見つけました。
短い時間の間なのに、にっこりやら、うふふやら、にんまりやら。

ハッピー1
スーパーの自転車置き場で、ふたごボーイズとそのママ、3人、
自転車の前後に子ども用のシートが付けてあって、
前には誰が乗って、後ろには誰が乗るか、って、そんな会話。
さっき、公園まではAくんが乗ったね、
ほんとは順番はBくんだけど、短かったから、またAくんでいいんじゃない、
わかったよ、ぼく、後ろに乗る、なんて会話。

ハッピー2
のっそり歩く、太った猫。
そうね、ひなたはあったかいね。

ハッピー3
散歩途中の、大型犬も、とぼけたような顔。
あははっ。なにかんがえてるんだろね。

ハッピー4
小学生の下校時間。
やぁやぁ、うちのまんなかボウズの同級生Sクン、の弟Rクンではないですか。
おにぃのSクン、長い風邪をひいてずっと休んでいたので、
気になっていたところに、ばったり出会えてよかったよぉ。
「お兄ちゃん、どう?ガッコ、行った?」
「今日から行った」
それはヨカッタヨカッタ♪


関連記事
12/08 21:50 | 「食」
とるにたらないじぶん
田口ランディさんの日記 とるにたらない私について考える を読みました。

内容…
ある思想、ある哲学があって、
それは自分が理解できない世界ではないのに、
むしろ自分と同じ方向を向いているのに、
その世界にのりきれないのはなぜか、
一緒には祈れないのはなぜか、と。
祈りと「私」のうちっかわ、について、綴られています。

ランディさんの文章から、あたしがうけとったこと。
ごく簡単にまとめますと…

『私の祈り。
 かけがえのない私でもあるが、とるに足らない私でもある、その私が、祈る。
 私には私の祈りがある。
 それで、いいんだよ。それぞれで、いいんだよ。』

でしょか。
更に、深くうなずいたところを抜き書きしてみますと、


 世の中は「あなたは唯一無二のかけがえのない存在」ということを
 あまりに強調しすぎているかもしれない。
 それはそうなのだが、かけがえがないほうばかりを大切にすると、
 なぜか祈りというものから遠くなることに気がついた。
 とるにたらない自分であることの肯定こそが、祈りと契りあっている。

 

 そんなに幸せでなくても、そんなによい人でなくても、
 とるにたらない存在であっても、それはそれでいいではないか……。
 下世話で、あくどくて、混とんとして、
 みみっちいこの世界でもそれはそれでいいではないか……。
 こんな自分でもいいではないか……と、思えないと、祈りは厳しい。
 自分を越えた高尚さの先にある愛や平和は、しょせんきれいごとだからだ。



…らへんです。
読ませてもらって、
わ、つながってる、
お、つながったやん、って。
出たっ、つなげたがり。出たっ、リンク好き。

っつーのは、まさに数日前に感じたこと。
クウネルの、修道院に関してのヨミモノを、興味深く読んで、
クウネル vol.47 で、ちょろり、書いたのでした。

神に近いシスター方は、シスター方の道を歩まれて、
俗と欲の中でゆらゆらと生きるあたしは、あたしなりの道を歩んで、
それぞれでよいのだ、
それぞれの立場で祈るのだ、と、そう思ったばかりなのでした。

(ここにもそれぞれの道、お役あり、だって思った。
 ランディさんは、深く、的確に掘り下げて、巧妙に表現するお役。
 あたしは、それを読ませて頂いて、深くうなずき、感銘をうけるお役。
 世の中うまくできてる、できてる。)

もひとつね、つながった、つなげた、のは、
ランディさんの文章の、ここんとこ。


 だんだん年をとって、五〇にもなろうという今になって、
 冷めながらノリノリという、難しい技ができるようになってきた。
 どこかで冷めつつも、それなりに愉快にやれる。
 というのは、自分というものを否定しなくなったからだと思う。
 冷めている自分を好きになったので、逆にノレるようになったのである。不思議なものだ。
 自分のダメ出しをしなくなれば、どうでもよくなることが多いということに気がついた。



最近かな、あたしも似たようなこと思ったなぁ、そういやそんなこと、なんてって、
自分の書いたもんを読み返しましたわけでして。
そしたら、2ヶ月前に書いた じかくすること に、再会しました。

こちらのは、山田ズーニーさんの文章から、
自分に正直になり、ちゃんと自覚をすることの大切さを感じた、
…的なハナシをしてるんですが、ね。
つなげたがり、シンクロと思いたがり、ですので、
『自覚すること』『自分を肯定すること』がもたらしてくれる変化…、
あん時もすごいと思ったよね、
今回もそうだよね、やっぱりすごいんだね、って、
おんなじだ、つながった、って。
そういうことにしちゃいますか(笑)

自覚、とか、自己肯定によって、
ズーニーさんの場合、自分のループを抜け出せてしまったり、
ランディさんの場合、冷めながらノリノリ、ができてしまったり。
予想しがたい変化、効果をもたらしてくれるもんですね。

自覚、も、自己肯定も、
さらり、少ない文字数でおさまることば。
自覚、も、自己肯定も、
自分のコントロールでしょーよ、簡単簡単、と、いともたやすそうですけれど、
ランディさんもそれ相当の年月をかけてそうなってきたこと、
文書から伝わってきます。

今回のつながり発見の巻、の意味は、
つながった、つながった、言うて喜んでるそこのあなたっ!…ってことなんでしょう。
メッセージ、届いてますよーっ!…ってことなんでしょう。
そのメッセージとは、

『難しくてもなんでも、ただそこに向かい、
 正直に、自分を否定せずに認めて、自覚していくこと、を
 努めてやっていったほうがいいよ』

ってこと、なんでしょう。

ありがたいね。
前のズーニーさんの時にうけとったメッセージとおんなじこと、
今回、ランディさんからうけとり直せたのですもんね。
書きっぱ、想いっぱ、になっていたことを、あらためて想い直せたのですもんね。

かけがえのないあたしを大事に、
とるに足らないあたしを愛して、
あたしなりの方法で、誰かとあたしのために祈ろう、願おう。


関連記事
12/01 22:10 | 「想」
template design by takamu
Copyright © 2006 meg All Rights Reserved
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。