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ふゆかばん
DSC05559.jpg

そろそろ、冬バッグ。
タンスから出して風通し。
手前からベルメゾン、minaHOMES'UNDERWEARので、どれも、5年選手。
ほころびを繕いながら大事に使っています。
今年もヨロシクちゃん。

そういえば昨日、ココで帽子考をしていましたら、
奇しくも糸井さんのほぼ日で、糸井さんも帽子について考えていらしたようで。

糸井さんとタイミングぴったんこ記念に、ココに一部メモ。

 この秋は、なんだか帽子を買うことが多くて、
 先日も『ウントエーゼ』の「週末のお店」で、
 ふたつめの革の帽子を選びましたし総計3つ買ってる。
 なんかいいんだよなぁ、帽子を買うって、
 バッグを買うとき以上に心が弾むんですよね。
 たぶん、「根本的には要らないもの」だから、
 だと思うんですよ。
 帽子には帽子なりの実用性があるのも、
 知らないこともないのですけれど、
 日本の社会で歩いているほとんどの男が
 帽子をかぶってない、ということからもわかる通り、
 必要だからかぶるというものでもないんですよね。
 
 「要らないのだけれど、ほしい」というものが、
 いちばんうれしい買い物なんです、たぶん。
 花やお菓子も、ある意味ではそういうものでしょう。
 芝居を観たり、歌を聴いたりするのも、そういうもの。

 「花もお菓子も芝居も歌も、必要なものなんです!」
 とかさ、必死で言いつのるのは野暮ですけれど、
 「要らないのだけれど、ほしい」と、
 思う気持はなかなかいいものです。
 そんなことで、ま、帽子を買ってうれしかったな、と。
 ‥‥かぶる日が少ないんですけどね。


なぁるほど。
「帽子を買う」って、確かにそういう嬉しさがあるかもねぇ。
枚数的には頂いたもので十分事足りているのに、絵柄が気に入って買うハンカチ、とか、
部屋に飾る絵、とか、
アクセサリーとかも、同じ並びで買った時に嬉しいもの。

気に入った帽子を買って、むふっ♪と嬉しがる。
6回目の冬を一緒に過ごすかばんに再会して、むふっ♪となる。
暮らしの中のむふっ♪は大事。


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10/28 19:49 | 「衣」
きゃすけっと
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帽子を新調。
帽子って、本当に奥が深くて、一筋縄じゃいかない、あたしの場合。

たまたま、買う時に着ていた洋服の色と相性がよくて、これは使える!と買った割に、
あらま、意外に出番は少なかったり、
今日はこのコーデに味つけで帽子かぶってこう、と思って、最後に鏡の前で帽子をのっけてみても、
髪型?日焼け具合なんかの顔色?、なんかのちょっとした加減で
「うーん、やっぱ無しでいっか」とかぶっていくのをやめちゃったり。

どこかで「帽子ってちょっと照れくさい」って思う気持ちもあるんだよなぁ。
食事の時にかぶったままだと、ついマナーに反しているような落ち着かない気持ちになるのは、
世代的に、なのか、
顔まわりだから、つい微に入り細をうがってしまうのか、
なんだかしっくりこさせるのが難しいアイテムです。

でも、これはちょっとよかった。
形がキレイなのもよかった。
「お値段もよかった」ので、迷ったんだけど、
何より、かぶり心地がよかったでした。
おでこに触れるテープの肌ざわりがいいのとか、
軽さとか、裏地までかわいいのとか。

DSC05552.jpg

miss.Cabourの「KiKi Señor」 というラインです。
頭の上のちょっと贅沢、吉祥寺Roundaboutにて。


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10/27 22:23 | 「衣」
ひとくぎりのかんしゃ
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ひとつ前の記事で、
「誰かの評価を気にするのじゃなく、先ずは、自分が自分を認める方向に向かおう」
って、決意にも似た、誓いにも似た思いを、文章にしました。

それを書きあげてから、ちょっと考えたのだけど、
大変勝手ながら、blogのコメント欄、クローズにさせて頂こうかと…、
そんなふうに思い至りました。

耳をふさぐ、とか、お声を拒む、とか、そういうことでは決してなく、
あくまでも自分の内側の熟成、というのか、ただただ、そこを目指して、のことです。
今までがどうで、よくなかった、とか、そういうのでは全くなく、
今までもよかったし、有り難かった、さて、これからはこうしてみよう、というような、
進化、のようなもの、というのか。

ふっと湧いてくる思いを書き表すことで、救われてきたこのblogのバショ。
勿論、これまでも十分に素の自分をさらけ出してきたつもりではあったけれど、
これからは、今までより更に“自分よがりメーター”のレベルを上げて、
もう少し気ままに、もっともっと自分を解き放って、
「好きなものは好きなんだぁーっ!」とか、
「今、凹んでますねん…」とか、
「これ、どうよ?」とか、
更にとりとめない徒然を、更に自由に、書いていこうと思います。
でもって、そんなありのままの自分を、先ず自身が認めていこうと思います。
反省はしても自分を卑下せずに、自分で自分を認めていく、そのレッスンとして、
闇雲に“ジコマン街道”まっしぐら!してみようかと、そんなふうに。

これまで頂いたコメントは、
本当に、私ひとりでかみしめるには勿体ないほどに温かく、優しく、深く、
目からウロコで、気づき満載で、包容力あふれる…そんなおことばばかりでした。
ココのblog本文は、へっぽこで、とぼけているのに、
ココのコメント欄は、自慢したくなるほどの素直な愛に満ちていました。
とても意味深いやりとり、そして、楽しい往復書簡でした。
本当にありがとうです。

コメント欄こそクローズにさせて頂きますが、
これまでのように、メールやおしゃべりなどで、
思いを共有してくださったことをお伝えくださったり、
「それについては、私はこういう見方してるよ」と教えてくださったり、
私の、ドンくさっ!なミスを笑ってくださったり、と、
ライトに、ディープに、ゆるく、鋭く、
おひとりおひとりとダイレクトにお話できれば、本当に幸いです。

ココのコメント欄で、やさしい風を吹かせてくださった皆様に、
ひと区切りの私から、心をこめて深い感謝を。
ありがとうございました。
皆様のまわりにも、いつもやさしい風が吹き続けますように。
本当にありがとうでした。
ありがとう。


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10/22 00:44 | 「住」
じこまん
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ごはんをつくる。
ひと手間かけるとやっぱり美味しい。
野菜の面取り、切り方、素揚げ、塩、とか、そんなこと。
でも手抜きもいっぱいする。
こっそりの手抜きもあるし、あからさまな手抜きも、言い訳と一緒にする。
「美味しい」と言われれば素直に嬉しい。
でも、美味しかったら自分で先ず「うまっ」とか、先に言う。

洗濯や掃除をして、気持ちいい。
ちょっと、ラクチンに、少し、楽しみながらできるよう、アタマも使う。
ホコリが目についたら、さっと掃除できるよう、ペーパーモップの定位置を変えてみる。
ほうきのかけひもは革ひもで、釘も、アイアンのぶっといの、とかね。
はき終わってほうきをかける時、ちょっと嬉しかったり。

着るもの。
毎朝、何を着ようか考える。今日はどんな気分かな。
この初夏からは白シャツばかり着ている。
ガーゼ、ブロード、麻、オックスフォード。
襟はあってもなくても、ボタンを1こか2こあけて。

買い物に出る。
たまに、好きな花屋さんで花を少し買う。
コーヒーはぜいたくすることもあるけど、見切り品もかごにたくさん入れる。

子どもと。
いってらっしゃいとおかえりを言って、
送り迎えも時々して、保護者としてのもろもろもする。
週末に試合があれば、体育会系の血が騒ぎ、熱く応援もする。

夫と。
時間と睡魔の許す限り話す。触れ合う。議論もする。
この時間が、それぞれのリセットになることを、
互いのエネルギーの交換のし合いになることを、
ココロ、カラダ、タマシイは知っている気がする。

深い、浅い、近い、遠い、いろんな距離の人と、友と、
いろんなご縁の人と交わる、つながる、考える、楽しむ。

ソファーで、ベッドで、昼寝も時々。
ひとりの昼ごはんは、買い物に行ったついでに調達したりも。
かんぴょう巻きと鉄火巻きとこしあんぱんとか、そんなの。
炭水化物ばかりだなぁ。

…これが私の毎日です。

誰かが喜んでくれたら、嬉しいし、
誰かにほめてもらえたら、そりゃあ嬉しいし。

確かに、誰かに認められたら嬉しいんだけども、
「それならおまえさん、
 誰かに認めてもらえなかったら、自分を認めてあげらんないのかい」
ってこと。
ここ。ここに、私の意識がフォーカスしている、最近。
誰かの評価が大事なんじゃなくって、先ずは自分で自分を認めよう、って。

ただね、
自分が自分を認めていれば、それでもうよいの、という、
自分勝手なような、閉鎖的なような匂いを漂わせたいのじゃあなく、
何より自分が自分を認めて、そこから広がろう、はじめよう、という、
ゼロ地点の土台固め、みたいな…
意識したいのはそんなこと。

先ず、自分が選択したことを楽しんでいるかどうか。
先ず、自分の気持ちはどうか。欲しているか、いないか。
先ず、自分が自分を認めているかどうか。
「自己満足」しているかどうか。
…そこを先ず自分に問おう。

楽しんでいなかったり、
欲していなかったり、
認めていなかったり、
「自己満足」していなかったりしたら、、
楽しむように、欲するように、認めるように、満足するように、
自分をコントロールしたり、軌道修正したりしよう。

そうやって先ずは、
自分で、その時その時の自分に誇りを持つこと、ありき。
そこから、発する。広げる。進んでいく。

ジコマン、自己満足、って、
内輪的な、
謙遜する時に使うような、
開いているか閉じているかといえば、閉じているような、
そんなイメージだったけど、
自分に満足するって、とっても大事なことだよねぇ。

同じ角度から照らすと、
ジコチュー、自己中心、ってのも、ある意味悪くないとことばだと思えてくる。
確かに「あのヒト、ジコチューよねぇ」と言われるようなヒトを、
私は、まぁ、そういうヒトもアリかもなと思ったり、
逆にちょっと羨ましいと思ったりしてきた理由が、少しわかった気がシマス。


*photo*

赤いチリトリ、高光俊信さんの。
昨冬、ecokaから我が家に。
古めかしいものの赤い色って、魅力的。
といっても、これは古いものではないけれど。


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10/16 00:32 | 「住」
はんとし


カレンダーも10月。
こっちに越してから半年経っちゃった。
この半年の自分、振り返ろう。

(頭の斜め上に回想シーンの雲、モクモクモクモク…。)

福井を離れる時に、
「megなら、どこへ行っても大丈夫やから」
「megさんなら、どこでもきっとうまくやっていけますよ」
って、たくさんの人、友がそう言って送り出してくれました。

ありがたくその言葉に元気をいただき、
「今年1年は、新しい環境に慣れない家族を、あたしがサポートしていくぞっ!
 『どこいっても大丈夫』って言ってもらったこのあたしがっ!」
と勇んで、この春から始めた東京暮らし。

夫。
東京に移り住んだそもそもは、夫がこちらで仕事をすることを希望したから。
だからか、仕事の忙しさ、慣れないところでの大変さ、迷い、などを語る時の夫は、
どこかうれしそうにも思えるところがあって、
今のところは「よいストレス」でもってがんばっている姿は、見ていて安心。

子どもたち。
小学生ふたりはあっという間になじみ、まわりの皆さんのおかげさま。安心と感謝。
中3長女に関しては、仲間の空気をよみながら、14歳女子なりのスピードで、ちょぼちょぼ。
長女は今でも、福井を離れたくなかった、という思いが結構あるのと、受験生なのとで、
いろんな上がり下がりはあるようだけど、
これからも、寄ったり離れたりしながら、
その時々でちょうどよい距離で見守っていきましょー、って感じ。
ひとまずは安心。

…ありゃ?
「家族のサポートが私の役割なのよっ!」と勇んでいた私。
なんだ、みんな、安心できっじゃん。
私、やることねぇーーーっ!(笑)
みんな、結構大丈夫。よかった。
…で?あたしはどうなの?慣れたのかな?どうなんだろ?って、
よくよく眺めたら、あたしがイチバン慣れてねぇーーーっ!(笑)
ちっとも大丈夫じゃねぇーーーっ。

そう気づいたのは、6月のこと。
ひとりよがりな自己犠牲は、ストップ。
押しつけのサポート精神も、やめやめーっ。
(そんな気持ちでいたもんだから、
 私が、かーさんが、こんなに我慢してんのに、あなたたちはぁーっ!と、
 家族に怒りをぶつけたこともありました。スマン。)

そこから、『私』の始動、ちょっとずつ。
自分らしく、自分の時間、自分のキモチを大事に。
出かける。ごはん食べる。お茶飲む。しゃべる。買い物も少し。
コチラの友と持ち出し合い
アチラの友とメールや電話でお便りし合う。
仕事のリズムが落ち着いてきた夫と、時々焼き鳥屋で飲み会。

そうやって、やさしくて、笑えて、刺激になる時間に潤してもらって、
ゆっくりとこっちで根っこをおろし始めた今、春のはじめの自分を振り返って思うのは、
随分と力んでいたなぁ、ってこと。

その力みようったら、
「家族が新しい暮らしに慣れるためは、私がいないとっ!」、
「みんなも言ってくれたもん、『私はどこ行っても大丈夫なヒト』なんだから、
 私は大丈夫なんだから、私が犠牲になって家族を支えないとっ!」
と、ナニサマレベル。あたしったら。

ほんとは、「私も家族も一緒に慣れてこーね」で、よかったんやなぁ。
誰かを支よう、なんて、思うこと自体がおこがましかったし、
ましてや、力んですることでもなかったんかもしれないなぁ。

人が人を助けた、という事実の大半って、
「ある人が心安らかに、元気にしていて、
 自分が望むように、自分が正しいと思うように振る舞っていたら、
 そのことがたまたま結果的に誰かの助けになった」
って、そういうことが多いのかもしれないなぁ。


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