
今日、洗面所で、
顔の産毛を剃りながら思ったのは、こんなこと。
お手入れをさぼっていた私の、顔の産毛がふさふさしていても、
危うく眉毛がつながりそうになっていても、
鈍感でいてくれた夫に、ありがとう、って。
故意に気づかぬふりをしてくれていたわけではないと、
それは、長年のつきあいでわかるのだけど。
故意だろうが、生まれもってのものであろうが、
私には、この夫の鈍感さがとてもありがたくて、ちょうどよくて。
そう思ったのって、よそ様のだんなさんと比べて、とか、
具体的に、他のご夫婦、カップルのエピソードがあって、とか、
相対的な何かで思い及んだことでは決してなく、
シェーバーを動かしながら、
ただただ、うちのひとのことをぼんやり考え、
ただただ、うちのひとの鈍感具合が、
私の「抜け」とか「スキ」に、ぴったりでありがたい、と、
そんなふうに素朴に思った昼下がりなのでした。
「自分にぴったり」とかって言っちゃって、
自分中心な匂いがプンプンで、口幅ったく思うけど、
でも、ある日の洗面所での、あの一瞬、
誰とも比べずに「自分が足りていてありがたい」と思えたあの一瞬。
こそばゆいうれしさがこみあげました。
*photo*
うちの洗面所の床の、クッションフロア。
(業界用語?では『CF』というらしいです。)
昭和40年代の中古の家ならではの宝物。
好きなんだよなぁ、こういうの。