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きょうもありがとう
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![]() 先月末の奈良・診察の日帰り旅。 いつものお楽しみで京都に寄り道。 またまた恵文社。 3時間いました(笑) バスを降りた後、恵文社へと向かう道すがら、 前回と違うルートを歩いたら、発見! 緑の古着屋さん。 「Boutique IRMA」というお店だけど、 何せ近頃の私のモウロクぶり、きっと「緑の古着屋さん」って覚えるはず。 だって、ほら、壁が緑いろでしょ。 ボブ、というより、おかっぱ、の(多分)店長さんのワンピースも、 それはきれいな緑いろだったです。 あ、そうそう! 私がワンコインで買った、昭和の丸襟フブラウスも…緑いろ、 ってオチもついてますよぉ(笑) ![]() ちょうどいい音量でボサノヴァが流れ、 古いけど、いえ、古いからこそ、座るヒトの体になじむ椅子たち。 タコライスが美味しく、居心地のよいこのcafeには、 時々ひとりで、時々夫と、時々友と。 この日は、友と待ち合わせで。 私の席からお店の中をぼーっと眺めて、 この辛子色のモケモケソファ、かわいいなぁ、絵になるわぁ、って。 けど、向こうに見える腰壁の木肌は、もーし私がオーナーだったら、 濃い茶の塗料とかオイルで塗装するかなぁ、惜しい!とか(笑) でもね、でもね、思ったのですよ。 そういう惜しい!と思う不完全さ、というか、 (あくまで私の勝手な好みにおいての不完全さ、なだけだけど) 100パOKじゃない、というか、 私がここの場所に(勝手に感じる)『欠け』みたいものは、 案外大事な『欠け』なんじゃないかな、と。 ここの場所が、私に居心地のよさをもたらしてくれるもの… その要因がいくつかあるとして、 この『欠け』感は、その要因のひとつになっているんだろうな、と。 もし、自分の好みで完璧に、100パかためられた中にいる自分を想像したとして、 ウハウハ興奮するよねぇ。 確かに嬉しいけど、落ち着く、というのではないかなぁ。 力を抜いて、ぼんやりとは、なーんかできないかもなぁ、って思うもの(笑) という、かなり私よがりな感覚から、 『欠け』や『抜け』の妙、みたいなものを思ったわけで。 愛すべき不完全さ、ばんざい!という感じで。 ヒトに脱力とか安心をもたらすもの。 空間やモノだけではなく、人間にも通じるような気もします。 ![]() 運転中のラジオから聞こえてきたことば、 信号待ちになった時、急いで携帯にメモしたのは、数日前のお昼のこと。 北大路魯山人、のことばだそう。 『三度炊く 飯さえ硬し 軟らかし 思うままには ならぬ世の中』 なぁるほど。 あの魯山人サマをもってして 思うようにはぴったりとゆかない、ご飯の炊き加減。 そうそっ!世間様のあれこれも確かに同じこと。微妙な加減。 って考えると、朝炊いたご飯が硬かったら、昼に水を加減すればいいように、 世間様のことが思うとおりに運ばなかったら、 次の自分の気持ちや行動を少し変えてみればいい、ってことだよねぇ。 ただそれだけのことなんだよねぇ。 世間様を、三度炊くご飯と同じように考えると、少し気持ちが楽になる…。 加減がうまくゆかずとも、その都度その都度ありがたーくいただいて、 次ね、がんばりゃいいのだわ、って。 飯も世の中も同じ、って、その平等さもいいよねぇ。 と、魯山人サマがこれを詠んだほんとのところとは、ズレてるかもしれないけど、 勝手な自己流解釈で、車の中、ひとり、「アタマの上に電球マーク」。 |
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