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きょうもありがとう
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![]() 先週、寄り道した恵文社。 初めて訪れたそこはもう、「静かにワクワクしてしまうバショ」で、 あっという間に時間は過ぎていきました。 オモシロかったのは、本の並べ方。 例えば、皆川明の旅のかけら、のお隣に、 伊藤まさこさんのちくちく針しごと。これは自然な並び。 更にお隣に、桑沢洋子氏のふだん着のデザイナー、となって、 次いでは、シャネルの変遷の歴史…みたいな題名の、 ファッションを学問としておベンキョーするヒトが読むような本…。 それだけでも、なんだか楽しい本棚なのに、 その後に、絵本、わたしのワンピースなのです。そうくるかぁ! 他にも、清家清氏の本とか、建築学の専門書の隣に、 チルチンびとが並んだかと思うと、 お隣はちいさいおうちの絵本だったりとか。あはは。 本をめくること、読むこと、よりも、 本の並びやチョイス、楽しみました、お初の恵文社探訪は。 それからそれから、文房具や雑貨も、ひとつひとつ、じっくり。 作家もの、アンティークもの、こだわりのもの、紙モノ。 それがディスプレーしてある棚や椅子。鏡や釘。 いくつか連れ帰ってきたうちのひとつが、 関昌生さんの一輪挿しなのでした↑。 それにしてもネコヤナギって、ほんと、ネコネコしてるなぁ。 最初にネコヤナギをネコヤナギと呼ぼうと思ったヒトに、拍手送ろう。 ぱちぱちぱちぱち。 ![]() おひなさん、だしました、私用のちっさいのだけ。 娘のガラスケース入りのは、今週末に夫にお願いするつもり。 とめどないおしゃべりが楽しい時とか、 お着物を着てしゃなりしゃなり歩く時とか、 折れている夫のコートの襟をそっと直してあげる時とか、のように、 おひなさんを出したり、眺めたり、大事に大事にしまったりする時って、 あぁ、あたしってオンナなのねぇ、と、実感する瞬間。 「次に生まれ変わることができたら、 あなたは男性がいいですか?それとも女性ですか?」 …わたし?わたしはねぇ、 男は黙ってサッポロビールじゃろがっ!みたいな そういう口数少なく、目ヂカラのある男(笑)になってみたい気もするけど、 でもさ、やっぱりさ、母、になれる可能性をもっていて、 洋服の幅も広くて”美しい”とか”すてき”を追求しやすい女性が、 今度もいいかなぁ、って。ねぇ。 明日は、久々に奈良へ。 診察で、小さなひとり旅。 娘のipodとズーニーさんの本をお供に行ってきます。 あとは、おさいふ、ケータイ、カメラ。はんかち、はなかみもね(笑) 帰りに京都に寄り道したいところがあるのだけど、 お天気が大丈夫そうだったら実行してきます。 ![]() あぁ、やっぱり、明日本屋さんに行って買ってこよう、手元においておこう、 と思ったのは、夫が読んでみたい、と言ったから。 Lingkaran vol.30、2月号。 今月号のテーマが「大切なのは伝えること。」で、 ほぼ日でもおなじみの山田ズーニーさんの 見開き1ページの文章がとても心に残って、 それを夫に、友に、上手く伝えたいのだけど、 そこに感動した私のテンションばかりが先立ち、 うまく伝えられません、残念なことに。 なんやかや無駄使いする割に、 見開き1ページのために、¥680かぁ、って思ってしまって(笑) 他の記事に魅力がないわけではないんだけど、ね。 そのページだけを3度にわたって立ち読みすることで、 手元に置く気持ちをおさめていたのを、 夫の、読んでみたい、のひとことで、あっさり手に入れる決心。 そうだね、やはり、原文を読んでもらおう、って。 もう3月号が出て、バックナンバー扱いだけど、売ってるか、果たして。 とりあえず、明日。 実は、3度の立ち読みの他の努力として、図書館でも探しました。 (そこまで節約するのは、なぁんか後ろめたいからやろー、 他に無駄使いしたもんがあるからやろー、って? …まぁ、そんなとこやねぇ・苦笑) 結局はLingkaran、市立の図書館では見つけられなかったけど、 代わりに、ズーニーさんの著書を借りて読んでいます。 理解という名の愛がほしいおとなの小論文教室。II なんだけど、 響いてくることば、文章がそこここにあります。 オモシロイ、というのか、アタリマエ、というのか、 夫の「これは!」と思うコラムと、私の「これは!」が違うので、 それを互いになぜ「これは!」と感じたのか、 自分の立場に照らして交換し合っています。 本の好みがそれぞれにある夫と私、 一冊の本をどちらもが読むことはそんなにないのですが、 これはぴったんこ、で、coffee淹れながら、飲みながら、そんな話。 こんなふうにいつもありがとう、な夫へのバレンタインギフトは、 リクエストの「落ち着いたデザインのネクタイ」。 SCではコレ!ってのが見つからなくて、当日は渡せず、(ごめん) 今日また、デパートに出かけ直してみました。 色はグレーで落ち着いていながら、 夫の持っているネクタイの柄にはない、 あたらしめのデザインが見つかってよかった…けど、 ↑の、パジャマみたいな格好、 百貨店ネクタイ売り場では、少し浮き気味だったような。ワハハ。 って、自意識過剰か。ワハハハハ。 もしや妊婦?あれってパジャマ?の洋服を、 ギリギリのところでかわして着ている41オンナっていうのは どうなんだろー、と、実は少しびくびくしています。 一方でギリギリかわせていると思っているのは 本人だけぇ、ぷぷぷ!って、自分でつっこんでもいます。 でも、雪の舞う寒い日の赤いチェック柄は、どうしてもやめられず…。 この赤いワンピは低めのスタンドカラー。 なので首には巻きモンを。 ![]() 「陰日向に咲く」…観ました。 短い感想文。 素直に、人間っていいよねぇ、って思えました。 人間は誰しも、弱くてもろくて、それでいいのだ、って思いました。 でも絶対、それぞれの人の中の、核、みたいなところに、 純粋さ、とか、きれいなもの、があって、 たとえ時間はかかったとしても、そこの清い部分が通じ合うことで、 どんな愚かな行いや感情にも、「ゆるし」が生まれ、 そこのところが伝わり合うことで、 触れ合う喜びも生まれるのだな、って思いました。 人気お笑い芸人のビギナーズラック的小悦、の映画化かぁ、 観てやろうじゃないの、お手並み拝見…って、 そこまでクールに、っていうのか、 真剣に評価しようとしたり、って相対する気持ち、 のっけからさらさらなく(私、そこまで「映画通」じゃないし、ね)、 力まずに映画館のシートにゆったり身を預けて観た、この映画。 だから、なのか、だけど、なのか、 素直にいっぱい泣いて、笑って、切なくもなって、 喜怒哀楽とか、私の中のいろんな種類の感情を、 ゆっさゆっさ揺さぶってもらって、あぁ気持ちいい!って、 観終わった後に思いました。 この映画をつくった人たちの術中に、まんまとはまった、のかもしれないし、 でも、そういう誰かが仕掛けた落とし穴みたいなものに わかっててはまる、っていう、そんな自分の中の単純なところ、 結構気に入ってたりもして。 (いい人ぶってまぁす・笑) 寝る前になにげに読み直していた五木氏の「人間の関係」。 最後の方の、東大入学式での講演でのエピソードから (ご本人は、講演は大失敗、とおっしゃってます…) 映画の感想と重ねて、なるほど、と思った文章、抜書き↓ 映画のおかげで、わかり直せました。 腑に落ち直すこと、できました。 ************************************************************************** この入学式での話のなかで、ぼくが言いたかったのは、たった一つのことでした。 人間はいいかげんで、愚かしい存在だが、 それでも信じられるところもあるよ、ということです。 百パーセント信じられるわけではない。 また百パーセントの人間不信もまちがっています。 九十五パーセント信じられなくても、 五パーセントぐらいは信じていいのではないか。 ぼくはそう感じています。 その五パーセントの有無が、きっと大事なところだと思うのです。 荒涼とした人間不信と、自己嫌悪の深い淵をみつめて、 私たちは迷いながら生きていかなければなりません。 いやであっても、 納得できなくても、そうしなければならないのです。 その暗闇のなかに、遠く、ちいさな灯影が見える。 明かりがかすかに揺れている。 それをみつけたとき、私たちはどれほど励まされ、 勇気づけられることでしょうか。 人間は信じられるか。それとも信じられないか。 そんなことを議論しても仕方がない。 ほんの小指の先ほどの信頼でも、 信じられるものがあるということが重要なのです。 ぼくは、その五パーセントを信じて、きょうまで生きてきました。 それ以上の信頼をもとめるなんて、贅沢すぎるじゃないか、という声が、 いつも頭の奥に聞こえるような気がしてならないのです。 ************************************************************************** 観るもの、読むもの、感じたこと、見たこと、聞いたこと。 繋がる時には繋がるものです。 というか、「繋げ好き」、なだけかなぁ(笑) |
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