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あんていめーたー
水仙2

買い物に入ったお店でお世話になった水仙。
自分ちでも、その香り、楽しみたいと、
スーパーで¥398の水仙たちを、我が家にお招きしたのは数日前。
ふんわり香り、家族のみんなにもお届け。
…って思ってテーブルの上に飾ったお招き当夜は、
夕食の酢豚の匂いにかき消されていましたが(笑)

身の回りに起きる、ちっちゃなこと。おっきなこと。
どれどれ、くんくん、ちょっと匂ってみて、
正面から見て、また違う角度で見て、
なるほどぉ~ってうなずいて、ハイお終い、くらいでちょうどいいのに、
上から下から斜めからなめるように見つめて、
透視までして、それでも飽き足らずに分解もして、
終いには味見までしちゃって、ひとりとほほ、ってやってる。
…のが、今回の私だ、って、
考えすぎだったかも、って、気づけるゆとりが戻ってきました。
(今回のは、減りゆくホルモンの関係かも、って話も、友と。)

ココ(M*term)で、皆さんのとこ(blogとかメールも)で、
直接、間接にいただくことばと想いに、ありがとう。
今週は、いろんな友に会う機会がたーくさんあって、
目を、笑顔を、ことばを…通い合わす喜びと、
楽しいやりとり、からもらえる元気に、ありがとう。
いつも話を聞いてくれる夫に、ありがとう。

ありがとう、がいっぱい。
じーっと目をとじて感謝に浸ることができる、そのことが先ずうれしいです。
正直、しんどい時は、これができないから…。
感謝、ありがとうのことば、は、
心の安定メーターになっているような気がします、私の。


水仙

水仙の佇まい、影までも美しく。
自分の美しさに恋をしたナルキッソスの伝説を想い出しました。



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01/29 02:32 | 「日々」 | CM:2 | TB:0
りょうせいるい
ストーブ台

昨日、買い物に入ったお店で、ほのかにいい香り。ふわっと。
お花?ヒヤシンス?
グリーンのコーナー、きょろきょろするけど見当たらない…。
正体知れぬまま、お会計。

…あぁ、これでした。
会計カウンター上の水仙たち、でした。
癒されましたよー。ありがとう。

そうだ、と思った。
そうだった、と思った。
この日、この時の水仙のように、
誰かを、こんなふうにふんわりと和ませる、
そういう役割の人、になりたいんだった、私…。

そしたら、
「あーららぁ、『違う方向』へ進んでいない?」と
誰かに聞かれたような気がしました。
「あーあ、そうかもしれないです…。」

『違う方向』、と言われて、なるほど、と思い当たること。
そういう、ふんわり和ませたい、のような、
私が大事にしたい辺りのところを、“笑う”ことばが耳に届いて…。
笑われたことって、これまでにもあるような気がするけど、
今回は、びくびくして、少し凹んで、
私自身もその人を危うく“笑う”ところだった、のでした。

…水仙に教えてもらい、天の声に問うてもらえてよかった。
(天の声は、水仙の花の精、とか?ある?)

人の目を気にして、びくびくしてぶれやすいのは、私の弱みでもあり。
自分の信じたところに向かえばいい…
ただそれだけのこと、でしょうが、こら!(自分に喝!)

私にも、こうしたちっぽけな苦悩があるように、
誰かの大事にしているものや
私の大事にしているものを“笑う”、その人にも、
何かしらの苦悩があって、それで笑ったのかもしれない。

皆それぞれに苦悩があって、
だからよっかかり合って生きている。
(はい、ここ↑、大事。試験に出すよー。)

…これって、わかっているつもりのことだった。
いつの間にかぽろぽろとこぼれ落ちてしまっていて、
こうしてまた、わかる。わかり直す。
私、それの繰り返し。

前回の記事あたりから着地点探しをしている私に、
このわかり直し、は、水仙からのギフトでした。
そして、いろいろ考えるうちに、
おかげさまで、私の「生き方」のイメージ、
ぼんやり描くことができました。

へんてこりんな例えだけれど、私は両生類、で。
理想の泉、という、清き水あふるる泉があって、
そこは、私好みの美しい水に満たされ、
その水中に身をおくと、
おぎゃーとこの世に生まれ出でた時の清らかさを思い出すところ。
理想、美しいことば、信念、モラル、道理、善…。

両生類の私は、その理想の泉の中のみで生活するのではなく、
陸(おか)でも暮らす生き物。
陸(おか)は、喜怒哀楽の経験をさせていただく、大事な場所。
自分の、そして、自分以外のお人の、
いろんな気持ちや考え方に触れられる場所。
現実、俗、人の情、不条理、生活、人間らしさ…。

陸(おか)で過ごしていた私、“乾き”を感じて、
理想の泉の水が恋しくなる。泉へと帰る。
泉の水に身を浸し、身を清め、
全てのことから解き放たれ、心地よさを感ずる。
私が陸(おか)から戻って身を浸すたびに、
泉は水質を変え、色を変えていく。
理想が修正され、やわらかくなる。
それは、わからない程度に、またわかる程度に。

…ってイメージ、どうだろう。
両生類、っていうのが、なんかいい。
泉と陸(おか)を行ったりきたり、の。
結構気に入ったので、しばらくこのイメージでいってみます。

「びくびくしてぶれやすい、ってさ、
 自分のウィークポイントがわかっているんじゃない。
 では、恐れず、ぶれずに。
 2008年は、それをめざせば?」
とは、また天の声。誰かの声。自分の声。
…そうだよ。 
今年の私の宿題だな。
今年中に片付けられますように。


*photo*
タイルのストーブ台。
遠く北海道からお嫁にきてくれて、ありがとう。


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01/24 18:53 | 「住」 | CM:4 | TB:0
ちゃくちてん
花柄

あけました、2008年。
世界中の方々、宇宙人の皆様、私…
すべての人が、晴れやかにそれぞれの道を歩いていけますように。

******************************************************************

今回の年越しは、
「なんだかなぁ…」と重たい気分で迎えてしまいました。あらら。
年末に少し気持ちが暗くなるようなことを耳にしてしまい、
それを2007年に置き去れずに、
2008年まで持ってきてしまったのでした。およよ。

深呼吸はいいけど、ため息はよくない、とわかっていても、
ため息をついたり。
耳には入れても、心に入れるな、って言うよ、と夫に言ってもらっても、
心に留めてしまったり。

こんなふうに何かどよーんと考え込みそうになると思い出すのは、
いつかのテレビでの、養老孟司氏のことば。
「脳が全てをコントロールしているように思えるけれど、
 脳(アタマ)はカラダの一部なんですよ。
 カラダが脳をコントロールしている、と、とらえて、
 アタマで考えてばかりいないで、先ずはカラダを動かしましょう」
で、今回は大掃除に没頭しました。
足の調子の割に、例年の私の割に、よく動いたかも。

救われることのもうひとつは、夫や友に話を聞いてもらえること。
誰かに話す、ということは、
自分の思っていることを整理でき、客観的に見ることにもつながります。
割と自己完結、自分の中で消化してしまうことの多い私だけど、
「信頼のできる人に話して聞いてもらうこと」の大事さを
このトシになっての近年特に、今更ながら実感しているところです。

聞いてもらった夫や友に、
自分とは違う目線でひとことふたこと、コメントしてもらえるのもありがたく、
その中ではっとすることも。
例えば今回だったら
「気持ちを切り替えてさ、なるべく明るくにこにこしてさ!
 自分が暗いと、家族や誰かといる時も空気悪くなるでしょ?
 私もいつも何かあってもそう思って切り替えて、
 できるだけ元気にしているんだぁ」って、友のことば。

…わかっているつもりなようで、できていない自分に気づきました。
家族だから、友だから、って、
全部全部寄りかからないで済む「余力」があるなら、
その少しのチカラを使って明るくにこにこしていよう、
そのうちに、水彩絵の具のにじみのように、
じわじわ元気が広がっていくかもしれないものね、そうだよ!って思えました。
(モチロン余力がない時には、全体重をかけて寄りかかってOK、でね。)

この、「わかっているつもりなようで、できていない」というのは、
以前に腑に落ちた経験があるのに、
ちゃんと腑に落ちきっていなかった、ことなのかな。
腑、って、6個あるって言うけど、腑は容量が決まっていて、
今、腑に落としておかなくていいものは、腑には残ってないのかな。
でも、こうしてまた腑に落とし直していけばいいのかな。

…なんてまた、ことば遊び。
いつもみたいに、ことばををこねくりまわして考えてみたり、とかしていました。
あ、私、いつもどおりで大丈夫!元気じゃん!(笑)

実は、ちょっと反省することもあって。
夫や信頼できる友に話す、というのは、
調子に乗ってことばにしたくない思いまで言ってしまう、こともあります。
ネガティブなことば、だったり、
正義感を振りかざして、誰かのことを裁いてしまうことば、だったり。
ネガティブなことば、は、まだいいとしても、
自分を棚にあげて、わかったように、
自分が正しいと言わんばかりに、誰かのことを言うのは、よろしくない。
口にした後で必ず後悔を生むのです。
後味が悪くてねぇ。あぁ、愚か。

人は、美しいものだけ見ては生きていけないけれど、
暮らすのは、呼吸するのは、
できる限り清らかなものや清い思いに囲まれたところで、
というのが、私はいいです。
(私のそんなような部分は、キレイゴト、と笑われることもあって、
 そこは私がまだまだことばだけの甘ちゃんなニンゲンだから、と解釈。
 精進していきたい、です。)
そういう、自分のめざす暮らし方、理想、のようなものと、
自分自身の生きる苦悩とか
いろんな人のいろんな思いに触れる経験で得るもの、現実、のようなものと。
そのふたつの間でゆらゆらと揺れて、私はいつも、
自分の居心地のよい着地点を探しているような気がしています。
多分、降り立ちたいところは、
理想、現実、ふたつのどちらかよりに、ぐっと寄った、
どちらかの色が濃い場所ではなく、
ふたつをうまく溶け合わせて見つけた、
自分の中では新しい色の場所、のような気がしています。

…と、着地点探しに今回も四苦八苦していたら、よい本と出会えました。
ありがたいなぁ。
五木寛之著、「人間の関係」
五木さんは、さすが人生の大先輩、視野が広くて厳しくてやさしくて、
でも人生の大先輩なのに(だからこそ?)、ことばが謙虚です。
今の私が感じ入る部分がたくさんあって、
アンダーライン、いえ、縦書きなので、サイドライン?ひきながら、
半分、読んだところです。


*photo*
花柄、が好きなんですよねぇ。小物というより洋服が。
花柄好きってのは、年甲斐、ないのか、あるのか(笑)
こんな昭和の香りぷんぷんな花柄のワンピに、
カーデやセーター、はおったり、
Gパンとか、デニムのスカートを下に重ねたりなんかして、
花柄面積を小さめに、昭和度やレトロ度も抑え気味に、普段に着ています。
まんなかは、waffleの去年の。
はじっこふたつは、オクにて古着を。チープ万歳。


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