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きょうもありがとう
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![]() 梅の実を粗めにほぐして、梅干のシソも刻んで、 お米と一緒に炊き込む、カンタン梅ごはんは、家族の大好物。 種のまわりに残る梅肉、もったいないと思う私は、 一緒に炊き込んじゃいます。 炊き上がってから蒸らす時にでも種を除けばいいのでしょうが、 なんだか宝探しみたいで楽しいので、取り除かずに。 お茶碗によそった時に種が入っていた人には、 「おーあたりぃ♪ラッキーだ、きみは。 おかーちゃんからの祝福のチューをもらえます」 …子どもらはわざと種をよそわないようにしたりして?(笑) 梅干の種といえば、小さい頃の記憶。 時々種を割って、中の「天神さん」を食べていました。 コリコリと美味しかった記憶。 が、あそこには致死量には満たないけど、 青酸カリと同じような青酸配糖体が含まれているそうで、 胃の中で、分解されると青酸という毒物を出すそうです…。 食べ過ぎると致死量に達してしまうってこと? ひえーっ!文字通りだ、知らぬが仏! 梅ゴハンは、白ごまなどをかけて。 とてもよく売れます。ぱくぱく、もりもり。 特にこういう暑い時期にはさっぱりしていいみたい。 長いもが安かったので、それにとろろをかけて。 チキンのグリルやらぼちゃの煮物やらがおかず。 今日、奈良へ、夫と。 私の病院行脚です。 私の右足首ちゃん、とうとう悲鳴をあげていて。 昔、骨折してから、ここにきてどうも具合がよくなくて、 どこかで手術を、と考えています。 ついていってくれる夫にも、待っていてくれる子どもらにも、 子どもらを預かってくれる夫実家にも、 子どもらの部活の送迎を快くひきうけてくれる友にも感謝なのです。 ありがたいです。 ![]() 週のはじめ、久しぶりに友達と昼ごはん。 よくしゃべりました。よくきいてもらいました。 なんというか、デトックス気分。 私のくらしは、たくさんのやさしさで守られているけれど、 この日、この友、の「さりげないやさしさ」にも、じーん。 さんきゅ、なのでした。 その友に教えてもらった園芸屋さん、種類が多くてビックリ! お値段が手ごろなのもウレシイし、 イマドキな外装、内装ではないところが、職人かたぎな感じで◎♪ 部屋用にサボテン、庭用に千日紅やら、買ってきました。 サボテンは、早速うちにあった鉢、 ニトリで\398、に植え替え。ぶらぼー!ニトリ。 「Hi!元気してるぅ?」かなんかしゃべり出しそな このサボテン親子のポジティブオーラを浴びて、うん、がんばるぞ。 美輪さんのコンサートにもいきました。 美輪さんのつくった歌での前半、シャンソンでの後半の2部構成。 声量たっぷり、豊かで力強い歌声と、美しい舞台装飾、 諷刺のきいたおしゃべりと、笑いと、有り難い話と。 涙がとまらなかったのは、ヨイトマケを聞いて。 愛の賛歌を聞いて。 涙の粒がいつもより大粒で、ぽたぽたと落ちました。不思議。 もひとつ不思議なことには、 そのコンサートの3時間ほどの間に、急に口内炎ができて。 一緒に行った友と「毒出しか?」と笑っていました。 コンサートの幕が降りる直前の、美輪さんの最後のことば、 「みなさん、がんばりましょう!!」 が今も耳に残ります。 心地よく高いトーンの、パワフルな声でした。 「がんばらない」 「『がんばって』と言わない」 自分の辞書から「がんばる」ということばを 封印してしまいそうな流れが私自身の中にあったのですが やっぱり「がんばる」ということばの響きはいいものです。 友と話し、さぼてんに元気をもらい、美輪さんに励まされ、 あぁ、ほんとにがんばろ、って思えたちかごろ、でした。 ![]() さて、明日、夫が5日間の海外出張から戻ってきます。ほっ。 Skypeで毎日のように会話はできたけど、 なんとなく不安、なんとなしにさびしい。 どんだけ〜っ!?ってな感じにとっちらかった部屋を、 今から必死に掃除します(笑) ![]() 時々のぞかせてもらう、すてきゆっくり生活を送っている方たちのblog。 ひと月ほど前から、梅サワーや梅干しを作りました、と あちこちで書いてあって、その記事のタイトルは「梅しごと」。 なんか、かっくいいー♪ ソレ、いただきましたよ(笑) そんなわけで、私の今年の梅しごと。 今年は梅干はやめて、梅シロップに。お初の体験。 これをふた瓶作りました。 1kgの梅。氷砂糖ではなく、グラニュー糖で。 今日で6日目。 いろんなやり方があるみたいだけど、 エキスが出るからと梅に穴をあけたら、少し濁ってしまいました。 梅を冷凍してから漬ける方法もあるようで、来年はそれでtryかな。 グラニュー糖もすっかり溶けてきたので、そろそろ次のステージへ。 取り出した梅は、梅ジャム?それともそのままガブリかな。 こういうおだいどこ仕事がちょっと楽しい最近です。 ひとつ前でちょこっとぼやかせてもらって…
すぅっと寄り添ってくれる人たちの優しさに触れられて、 とても助けられました。 「そっと」 「さりげなく」 どちらも私のめざしたいところ。 いいお手本、ありがたかったです。 もやもやとした混沌の中で、いろいろ考えたこと。 私は、孤独と戦っていたのではないかと思いました。 家で、仕事で、いろんなところで、こーんなに助けてもらって、 こーんなに寄り添ってもらっているのに、 孤独を感じるだなんてケシカランのだけど、 たくさんの手を借りても、どれだけ助けてもらえても、 最後はひとり。ひとりで立つ。 逆に言えば、ひとりでしっかり歩むがために、 みんなにパワーをもらい、そっと手を貸してもらい、 背中を押してもらっている、ってそういうことなのでしょうが、 今回は、私ってひとりなんだ、にフォーカスしてしまっていました。 例えば、こんなイメージ。 私が、サークル(円)の中心にいて。 ただひとり、いて。 そのサークルのラインの外側から、みんなは応援してくれたり、 コトバをかけてくれたり、見守ってくれたりしている。 ラインからかなり離れた位置から、の人もいれば、 ラインのギリギリから、声高に声援を送ってくれる人もいて、 いろんな半径で愛をもらう私。 でも、みんな、そのラインを超えては私に近づいてはこれない。 私は、サークルの中心で、周りの皆からのココロを感じながら、 ひとりで励み、ひとり泣き、ひとり省み、ひとり祈り、ひとり微笑む。 …あぁ、言い得て妙ってやつかも。 私の中の「自分と自分以外の人との関係性」は、 まさにこのイメージのような気がします。 私も、誰かのサークルの周りに立つ時、 「ラインの外側」というスタンスを守って、 それ以上踏み込んではいかないようにしているような気がします。 いっとう近くて、いっとう寄り添える夫との間にさえも、 ラインは存在しているように思います。 私自身がみんなに壁をつくっていて、 私も、みんなの壁をこわすことはしない…。 私って、人との距離感はそういう感じなのだと思います。 出てはいけないラインを守る、クソ真面目なヤツ。 とはいえ、不真面目の楽しさや快感も知り得ているので、 時には、「ラインを超えてはいけません」のルールを守らずに、 ぺろっと舌を出して、ラインを超えて相手に近づいていっちゃうような、 そんな熱い思いや交わりも大いにアリ!とも、思っているのです。 今回の孤独感、 おかげ様で乗り越えられそうだけど(ありがとうございます…)、 本当は、ルール違反しちゃえ、的に泣ける距離で さびしい時はさびしいと叫んで、 悲しい時は悲しいとちゃんと泣いてもよかったのだろうと思う私です。 ![]() サプライズでプチプレゼントしたのは、入籍記念日のこと。 無事生えてきた、そうです(笑) |
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