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きょうもありがとう
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![]() カレンダーも10月。 こっちに越してから半年経っちゃった。 この半年の自分、振り返ろう。 (頭の斜め上に回想シーンの雲、モクモクモクモク…。) 福井を離れる時に、 「megなら、どこへ行っても大丈夫やから」 「megさんなら、どこでもきっとうまくやっていけますよ」 って、たくさんの人、友がそう言って送り出してくれました。 ありがたくその言葉に元気をいただき、 「今年1年は、新しい環境に慣れない家族を、あたしがサポートしていくぞっ! 『どこいっても大丈夫』って言ってもらったこのあたしがっ!」 と勇んで、この春から始めた東京暮らし。 夫。 東京に移り住んだそもそもは、夫がこちらで仕事をすることを希望したから。 だからか、仕事の忙しさ、慣れないところでの大変さ、迷い、などを語る時の夫は、 どこかうれしそうにも思えるところがあって、 今のところは「よいストレス」でもってがんばっている姿は、見ていて安心。 子どもたち。 小学生ふたりはあっという間になじみ、まわりの皆さんのおかげさま。安心と感謝。 中3長女に関しては、仲間の空気をよみながら、14歳女子なりのスピードで、ちょぼちょぼ。 長女は今でも、福井を離れたくなかった、という思いが結構あるのと、受験生なのとで、 いろんな上がり下がりはあるようだけど、 これからも、寄ったり離れたりしながら、 その時々でちょうどよい距離で見守っていきましょー、って感じ。 ひとまずは安心。 …ありゃ? 「家族のサポートが私の役割なのよっ!」と勇んでいた私。 なんだ、みんな、安心できっじゃん。 私、やることねぇーーーっ!(笑) みんな、結構大丈夫。よかった。 …で?あたしはどうなの?慣れたのかな?どうなんだろ?って、 よくよく眺めたら、あたしがイチバン慣れてねぇーーーっ!(笑) ちっとも大丈夫じゃねぇーーーっ。 そう気づいたのは、6月のこと。 ひとりよがりな自己犠牲は、ストップ。 押しつけのサポート精神も、やめやめーっ。 (そんな気持ちでいたもんだから、 私が、かーさんが、こんなに我慢してんのに、あなたたちはぁーっ!と、 家族に怒りをぶつけたこともありました。スマン。) そこから、『私』の始動、ちょっとずつ。 自分らしく、自分の時間、自分のキモチを大事に。 出かける。ごはん食べる。お茶飲む。しゃべる。買い物も少し。 コチラの友と持ち出し合い、 アチラの友とメールや電話でお便りし合う。 仕事のリズムが落ち着いてきた夫と、時々焼き鳥屋で飲み会。 そうやって、やさしくて、笑えて、刺激になる時間に潤してもらって、 ゆっくりとこっちで根っこをおろし始めた今、春のはじめの自分を振り返って思うのは、 随分と力んでいたなぁ、ってこと。 その力みようったら、 「家族が新しい暮らしに慣れるためは、私がいないとっ!」、 「みんなも言ってくれたもん、『私はどこ行っても大丈夫なヒト』なんだから、 私は大丈夫なんだから、私が犠牲になって家族を支えないとっ!」 と、ナニサマレベル。あたしったら。 ほんとは、「私も家族も一緒に慣れてこーね」で、よかったんやなぁ。 誰かを支よう、なんて、思うこと自体がおこがましかったし、 ましてや、力んですることでもなかったんかもしれないなぁ。 人が人を助けた、という事実の大半って、 「ある人が心安らかに、元気にしていて、 自分が望むように、自分が正しいと思うように振る舞っていたら、 そのことがたまたま結果的に誰かの助けになった」 って、そういうことが多いのかもしれないなぁ。 ![]() 43になったのは、8月の終わり。 生まれさせてくれて、生んでくれて、ありがとう、 父さん、母さん、神様。 共にに生きてくれて、一緒に学び合いをしてくれて、ありがとう、 だんなさん、子どもたち、まわりのみなさん。 あたたかいお便りや贈り物も、ほんとにほんとにありがとう。 深謝。 さて。 おかげさまで健やかに迎えたバースデー。 「ステキナヒト」になるために、自分の中にどんなキャンペーンをおこうかと考えていましたら、 うまい具合に「これからの宿題」が見つかりました。 それは、「暮らしのおへそ」をきっかけに。 いつも立ち読みばかりで、vol.8も、パラパラで済ませるつもりが、 先ずは表紙デザインにやられ、 中をのぞいたら、大好きどころの方々、今回はたくさんで、鼻血ブー。 ![]() その中でも、「宿題」につながったのは、 田口ランディさんのインタビュー記事でした。 一部を抜粋。 ********************************************************************************* (前略) そして、ランディさんは、 ネイティブアメリカンが残したというこんな言葉を教えてくれました。 “私たちが、自分のなかにある、ふたつの対立するものを統合することが、 世界に対する貢献である” 「こういう考え方ってすごくいいなと思ったんです。 私が私の問題を解決し、私のなかでバラバラになったり、 対立しているものを統合していくこと。 そのことが、社会に対する貢献になる。 そう考えるようになったら、ものの見方がずいぶん変わりました。 世界と自分が見えないところでつながっているというリアリティをもちたいと、 すごく思うようになったんですよね。 そのためには、自分のことに注目する必要がある。 自分の問題をちゃんと解決していかないといけないんです」 私たちは、やりがいだったり、何かを成し遂げる実感を、外へと求めようとします。 けれど、自分がここにいる意味は、自分のなかで作りだすもの。 そう教えられた気がします。 (中略) 自分のなかに当たり前にあることと相反するものを、受け止める。 拒絶反応起こしながらも、それを消化し、今までもっていたものと溶け合わせてみる。 それがランディさんの言う“統合”の第一歩なのかも。 自分と異なるものを受け入れる勇気をもちたいと思わずにはいられません。 ********************************************************************************* …「私が私の問題を解決」、かぁ。 …「そのことが社会に対する貢献になる」、かぁ。 真理の中の真理、究極の真理、 これ以上の真理はないかも、と思いました。 風が吹けば桶屋が儲かる、のような、複数論法のたとえとは絶対に違う、 聞いた瞬間に、アタマというより理屈というより、 ココロで、魂で、理解ができてしまう感じ。 広義でとらえれば、と前置き必要なのか不要なのかはわからないのだけど、 以前に私が聞いたタクシー話を、思い出しました。 ズーニーさんの負の連鎖の話も、思い出しました。 そして何よりシンクロしたのは、 自分の中の異なる思いのせめぎ合い、に触れた2こ前の記事。 つながる。つなげる。つながり。 2こ前の記事中の私のように、 自分の中に自分でで芽生えさせた思いふたつがあって、 そのふたつが相容れずに立ち止まってしまうこと、あります。 また、意図せず、誰かのことばや思いと、自分の気持ちとが、相対してしまい、惑うこと、あります。 でも、ランディーさん記事を読んで、 「立ち止まったりしても、惑ったりしても、いいんだよ 自分で自分の問題を解決するのに、時間がかかるなら時間をかけていいよ その時々で解決できればそれでいいよ 自分とガチで向き合うこと、大事だよ」 と言ってもらえたような気がし、更に、 「もし今、自分の中でせめぎ合っているものがあるなら、ちゃんと解決していこうよ」 と、問題を解決しないまま留まっている私に、宿題をくれた気がしたのでした。 あとね、同時に「お守り」ももらったよ。 ことばのお守り。 「私が私の問題を解決する。そのことが社会に対する貢献になる。」 道に迷ったら、唱えよう、このことば。 しばらくは、このことばを抱きしめて、前に進もう。 ![]() 運転中のラジオから聞こえてきたことば、 信号待ちになった時、急いで携帯にメモしたのは、数日前のお昼のこと。 北大路魯山人、のことばだそう。 『三度炊く 飯さえ硬し 軟らかし 思うままには ならぬ世の中』 なぁるほど。 あの魯山人サマをもってして 思うようにはぴったりとゆかない、ご飯の炊き加減。 そうそっ!世間様のあれこれも確かに同じこと。微妙な加減。 って考えると、朝炊いたご飯が硬かったら、昼に水を加減すればいいように、 世間様のことが思うとおりに運ばなかったら、 次の自分の気持ちや行動を少し変えてみればいい、ってことだよねぇ。 ただそれだけのことなんだよねぇ。 世間様を、三度炊くご飯と同じように考えると、少し気持ちが楽になる…。 加減がうまくゆかずとも、その都度その都度ありがたーくいただいて、 次ね、がんばりゃいいのだわ、って。 飯も世の中も同じ、って、その平等さもいいよねぇ。 と、魯山人サマがこれを詠んだほんとのところとは、ズレてるかもしれないけど、 勝手な自己流解釈で、車の中、ひとり、「アタマの上に電球マーク」。 ![]() この春から手帖使いを復活することにしました。 あまり使わずお蔵入りしていた赤い革のカバーに、 この4月始まりのレフィルを装着。 カバンに入れて持ち歩くと、 赤い革、更にいいアジ出てくるかな。 まるで、新1年生のランドセルの赤のような、赤。 1年生みたく、ドキドキワクワクしながら、がんばりますかね、私も。 この春の我が家には、子どもたちの進級以外に新しいことは何もないのに、 なににつられてか、私ったらまるで忙しいような気分になっちゃって、 手帖、持ち歩こうとしている自分が、おかしいのだけれど。くくくっ。 それにしても、春ですねぇ。 例えば、新芽の緑いろ。 例えば、沈丁花の香り。 例えば、木蓮の蕾のふくらみ。 見つけてはにっこり。 あぁ、春っていいです。 「ありがとう!」 「おめでとう!」 「がんばって!」 「ずっと応援しているよ!」 「きっとまた会おう!」 春は、そんな耳に嬉しい言葉たちが人と人の間にあふれる季節。 本当に春っていいです。 ![]() なぁるほどぉ、と思う話を、ある人から聞きました。 タクシーを利用することが多いその人は、 いろんなタクシーの運転手さんに出会うのだそうで、 たまに荒い運転をする運転手さんの時がある、と。 (想像しただけで車酔いしそうになりますが・笑) その人は、静かで優しい運転をしてくれた運転手さんより、 逆に、そういう荒っぽい運転手さんに、チップを渡すのだそうです。 お釣りを断るなどして、 「コーヒーでも飲んでくださいね」って。 すると、そういう運転手さんは、大抵はハッと表情が変わって、 ちょっと申し訳なさそうな顔になる。 その人が言うには、 「そうすることで、きっと次のお客さんには、 やさしい運転を心がけてくれると思うから…」って。 ぽろり。うろこが目から。 自分の煩悩や欲を捨て、人様のお役に立ちたい、と そぉんな大げさに構えなくたって、 にっこり微笑みかけることで、誰かの眉間の皺がのびて、 それが他の誰かに幸せを運び、 そして更にまた他の人にと、幸せは運ばれていく…。 「先ずは、目の前のことから。」 最近、このメッセージを受け取ることが多いのは、 多分、私の潜在意識がそこに注目しているってこともあるでしょうが、 神様から、「あんまり大げさに構えなさんなよ」って 教えてもらっているような気がします。 *photo* ミスドのリッチドーナツ、食べてみました。 バターの塩分が効いていて、おいしい! そういえば私、一度にふたつの味、って好きかも。 スゥイートチリソースのように、甘くて辛い、とか、 お汁粉やおはぎのように、しょっぱくて甘い、とか、 トムヤムクンのように、すっぱ辛いとか。 |
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