|
きょうもありがとう
|
|
![]() 長女、中3、受験生。 初めての受験、ってんで大変は大変だけど、 でも、受験も悪くない、って思う…こと、みっつほど。 ひとつめ。 娘が自分で希望校を定め、 そこに向かって努力しようとしている姿を見るのが嬉しいです。 自分の意志で高校を決める、なんつーのは、当たり前のことかもしれないけど、 ハードルの低い喜びかもしれないけど、それでも、 自分で自分のレールを敷こうとしていること、 未来に希望を持てていること、 私にしたら素直に喜ばしいこと。 ふたつめ。 長女の、そんな希望に添うてあげたいと思っている私がいて、夫もそうで、 皆で団結できること。 連帯感。一体感。結束感。 ちょっといい。 みっつめ。 あの娘(こ)のかーさんとして、初心に帰れたこと。 あの娘を身ごもっていた、妊娠の時期の自分の気持ちを思い出したのです。 「男の子でも女の子でも、 どんな顔をして、どんな体をして、どんな運命を背負って生まれてきても、 どんなことも受け容れて、一緒に歩んでいこう」 って、そう思いながらおなかをさすっていた気持ちを。 15年ぶりの初心。ありがとう。 *photo* 60VISIONのアデリア60シリーズ、ルックみつ豆鉢は、knulp AAで。 みつ豆鉢って、ネーミングがいい。 「みつ豆」なんてって、その響きも何もかも胸キュンな食べ物。 我が家では、みつ豆というよりは専ら、フルーツやヨーグルトやサラダを盛る用。 今日は兄からのおすそ分け、越のルビーをコロン。 寒いのに夏っぽい絵。
11/16 15:32 | 「子」 ![]() 福井の実家から、たぁくさん届きました、カニ。 なんかの加減で足が1本欠けちゃったとかセットで、10ハイも♪ ひとり2ハイなんて、贅沢な限り。 幸せでにんまりの、あたしら。感謝。 食べ物含めて福井ラブな中3長女、満たされてました、とりわけ。 そんな14歳女子と。 受験ってこともあり、たくさん話をし、時には熱くバトルもし、 ここ半年以上、“親としての自分”と、よく向き合わされます。 私には未知のこと、私が憧れていること、私がもうできないことを、 娘に触れてもらう方向を促してみたり。 中3の私ができていたこと、がんばれたこと、当然娘もできるものだと思い込んで、 同程度の水準を求めてしまったり。 (当時の私より、今の娘のほうが勝るところも勿論あります。) 娘は、私と全く別の人格だと、 キャラも好みも迷った時のチョイスもこだわるところも、私とは別だと、 ちゃんと自分の人生を既に歩き始めているのだと、 …こんな、至極当たり前のことを、 わかっているようでわかっていなかった私は今、 あらためてごくりごくりと、ひとつひとつのみこんでいます。 のみこめてくると、とてものびやかなキモチになれるものですね。 彼女は彼女。 私は私。 現生では娘役と母親役を演じているだけで、 互いに育ち合う関係として、結んでいるご縁。 一緒に、よろしく。 親として、人間として、育ててもらって、ありがとうね。 おまけの一考。 子育てに至っても、私の考え方って、いつも「自分が起点」「私が軸」の色が濃いなぁ。 子育てってもっと、慈愛のような、限りなく湧きいづる母性愛のような、 そういう自己愛を超えた観点で考えていくイメージがあったので、ちょっとはっとしました。 でも、こういう、自分サイドな切り口で考える私も、アリ。 先ずはどんな私も認めましょう、にっこりと。 そうすることで、どんな娘も、にっこりと見守れそう。 今の私に、娘に、お人に、にっこり、万歳。
11/08 23:33 | 「子」 ![]() なんでもない日の夜に、 なんてことないテレビを見る、長男と二女、の図。 よくある日常、よくある場面だけど、 デジカメを持ち出して、後ろからパチリと切り取ってみました。 ほんと、どうってことないこの場面。 だけど眺めると、ひとり、くすっとしてしまいます。 それは、 母親似のがっしり体型の妹を支えて、 家族イチ体脂肪の低い兄は重いだろうに、 なーんにも言わないところに。 それは、 妹が、「お兄ちゃん、乗っていい?」と聞くでもなく、 兄の背にごくごく自然に乗っかったところに。 それは、 テレビをみるなら、 ほんとはもう少し下がってみてほしいところだけれど、 この時は声をかけないでいる自分に。 兄も妹も母も、それぞれが、 静かに黙って、 そっと寄り添って、 温かみを感じて、 じっと守って。 ![]() 我が家もクリスマス、でした。 ほーりーないと! いろいろなサイトやblogのあちこちに 「皆さんも素敵なクリスマスを♪」なんて書いて下さっていて、 勝手にうれしがって、あったかくなっていました…。 おかげさまで、我が家も5人揃って楽しく。 夫が何度も 「○○(中1長女の名前)とこうやって一緒にクリスマスできんのは、 あと数えるほどしかないんだよなぁ…」とか、 「megが無事に退院できたから、 こうやって5人揃ってクリスマス迎えられるんだよなぁ、よかったなぁ」とか、 「ほら、おまえら、おかーさんが退院してきてくれたから こうやっておいしいごはん、食べられンだぞ、感謝せーよ」とか、 繰り返し繰り返し言うので、ありがたかったり、ちょっとくすっとしたり。 よーっしゃ、そんな夫クンには、 張り込んだビフテキ(昭和語)のお肉、私のひときれあげちゃうっ! 子どもらデコレーションの生クリームケーキも、 大サービスでおっきく切ってあげちゃうかんねー。 家族のこういう思いって、誰かひとり、が言葉にしてくれるのがいいのかも。 そして、その誰かの言葉に、他のみんなは大げさに反応せずに にっこり笑うくらいか、 「もぉーそれ、何度めぇ?(笑)」なんて突っ込むくらいが、なんかいい。 みんな気持ちはおんなじで。 でもちょっとだーけ、一瞬だけ、確かめ合えたらうれしいかも。 そんなこんなで夜が更け、 サンタさんはうちの3人の子どもたちにも、 英文のお手紙と、それぞれのプレゼントを届けてくれたのでした。 一番興奮していたのは、中1長女で、 「私の部屋の窓が少し開いていたから、私の部屋から入ったんだよー!」って。 2歳のクリスマスと同じ表情で、同じように手足をバタバタさせてたのが、 可笑しくて、かわいかったデス。 ![]() いつごろからかなー、 「待つ」ことが苦にならなくなったのは。 この状況をなんとかせねば、とせっかちに動いていた以前。 「今、動かなかったら死んじゃう」とばかりに 焦って「コト」を動かしていたような気がします。 待つ、ことを強いられる子育てを、少しだけ経験させてもらったおかげかな。 気もちはすぐにでも動きたいけど、パワーがなくて、時間もないからかな。 陽だまりでじぃっと座っていられる、おばあちゃんの域に 私も到達しつつあるのかな(笑) そういういろんなことから、 待っていれば大丈夫、あわてなくても大丈夫、ということを 学んだのかもしれないです。 もちろん、すぐに対応しなきゃいけないことには、 急いで動くこともあるのだけど。 雨。雨がやむのを待つ。 地、固まる、のを待つ。 待つ間は、自分のできることをさせていただきながら、待つ。 粛々と、待つ。 手術を待ち、 少しどんより曇ったココロが晴れるのを待っています。 じたばたしないで待とう…の決意みたいなものを、ここに。 *photo* 行事が目白押しの秋。 お弁当をつくる日も増えます。 子どもたち、がんばっています。 私もがんばらなきゃねー。 |
|